Pumpking!

 

 

 扉の前で姿勢を正し、チャイムを鳴らした。
マンションのエントランスですでに訪問を知らせているから玄関の鍵が開いていることは知っているが、親しき仲にも礼儀はあるし、なにより形式美だ。扉があくまで待つ。
 がちゃり、とノブが廻り、住人ががりがりと頭をかきながら現れた。
佐久間はタイミングを計って、目一杯の可愛さを装う。内容もだが、間合いも視覚もすべてが大切なのだこういうことは。
「来ちゃった。……入れて?」
 最初は驚きに見開かれた瞳は、すぐに半眼となって、何も言わずに閉め出されそうになったので慌てて靴を挟みこんだ。
「うそうそごめん、健二くんあっそびーましょ?」
「間に合ってます」
 にこやかな笑みを浮かべて健二が挟んだ足を押し出そうとする。対抗して力を入れて拮抗させた。ぎりぎりと、どちらにもいかない。佐久間も負けじと笑みを浮かべて、手に持っていたヘルメットを割り込ませるとため息とともに扉が開かれた。たたらを踏む背中が声に押される。
「なんの用なの」
「いや、だから遊びましょって。誘いに来たのよ。メールもいれたっしょ」
「あー……見てないや」
「携帯は携帯しようぜ」
 はははと気の抜けた声を上げて、健二は扉を閉めた。かたん。佐久間が横から手を出して鍵を閉めた。がちゃん。かたんがちゃん。
 普段通り無造作に靴を脱いで、そのまま奥へ。家主を従え短い廊下を通り過ぎ着いた居間は、明るい日差しがカーテン越しに差し込んでいた。柔らかな光に満たされている卓上にあったのはメモと封筒。
佐久間が知る限り、その二つが親友とその母のコミュニケーションの要で、佐久間が健二と知り合った頃から今も廃れることなく続いている。
それにとやかく言う義務も権利もどこをどう見渡したところで見つからない。ないもの探し。そもそもそんな資格を必要としておらず、ただ馴染まないなぁとひっそりと思うだけだ。佐久間の家族は賑やかしいから余計に。
「なんでいきなり止まるの」
 背中をトントンっとノックされる。きょとんとした健二を振り返り見た。
「……いや? 変わんないね、おまえんち」
「ぼくんちだもん。そう変わりはしないよ」
「まぁ、俺んちも大して変わってないけどな。ねえちゃんらは煩い。ほんっと、うるさいし」
「大事なことだから二回?」
「大事じゃないけど二回」
「きりっとした顔で言われてもねえ……」
「ま、いいから準備しろって。遊ぶんだって」
「……ガチでー?」
健二がぼそっと言う。笑って頷いた。持っていたヘルメットを手渡す。
「うん、俺んち。下にバイク停めたまんま。ほれほれ行くぞー」
 促せば健二は準備をしてくると言って、渡したばかりのそれを机に置いた。メモのそばだ。
自室へ入った健二を椅子に座って待つ。しばらくは携帯でオズにログインしていたが、どうも手持ち無沙汰だ。机の上で、メモが白く存在を主張していたのでぺらりと手に取った。
健二の母が残したメッセージはいつも大体同じで、夕食が冷蔵庫にはっていることと、封筒の中身に触れられている。
目新しくはねぇなぁ、と思っていたら見慣れないマークを見つけた。それまでボールペンだったのにそこだけシャーペンで描かれたイラストは何をモチーフとしているか分からず、そもそも動物かどうかすら危うい。何度も何度も試して描いたようなあともある。
「……いぬ、いや猫? さかな……子どもの落書きのほうが分かりやすくね?」
ヒレのような、あるいは耳のようなものを指先でぐるりとなぞる。
何か書く物をと彷徨わせれば電話機のよこにメモ用紙と数本のペンを見つけた。借りるぞ、と小さく言って拝借し、見たままを写した。意味はないが暇は潰れる。
名称不明生物の模写はなかなか上手くいき、そこから佐久間はオリジナリティを加えていくことにした。気分は画家でふんふんと鼻歌まじりにさらさらと濃淡、陰影、紙とインクのコントラストは美しい。完成したのはオリジナルとは似ても似つかない動物園。檻に囲われ、草を食む。そもそも、オリジナルはいわゆるキモカワ癒し系だ。
遠くから全体を見て、今月が10月だということも踏まえて不足していたものを描き足した。
星を描いて夜をアピール、すぐに太陽を飾って昼を演出。もうすぐ死者の祭典だ。生と死が混じり合う矛盾の夜。そうであるなら、なんでもありだろう。すらすらと利便性と注目度は抜群の少女は描かずに代わりに人語を解した黒猫を描く。あいにくカラーペンはなかったのでこれもまた黒色一色、けれど雰囲気は出た。模写したイラストには大きな帽子を被せた。そばに箒を転がす。
一通り満足して満足して腕を組み眺めていたら、健二が呆れた顔で鞄を持って待っていたことに気づいた。
 ペンを自信作の横に置いて、眼鏡をかけ直し、上目遣いを装備する。
咳払い一つで画家からジョブチェンジだ。
「………ごめん、待った?」
「ううん、今きたところだから」
お互いに付き合ったばかりのカップルを装い、同時に親指を立てた。
人生の半分以上の時間を過ごして来た親友は気心が知れている。こういう遊びにも付き合ってくれるし、楽しい。
「このメモどしたの?」
お手本としていた紙をひらりとあげる。ぺらりと途中で折れた。薄い紙が空気中で立ちあがることは難しかったらしい。
「へ? いつも通りだけど……」
ひらりとした紙へ不屈の精神を見るべく一度軽く振って、直立を促すとピンっとたった。その用紙の片隅を指す。
怪訝そうだった健二が、瞬く間に笑顔になる。嬉しそうだ。
「いいでしょ」
含まれていたのは照れくさいような、そういう感情だ。
(へーぇ)
 親友とその両親。小磯一家。
確かに、健二はどちらも同じくらい好きだと言っていたし、それぞれ両親だってそうだろう。憶測ではあるが、そして万人が理解できる形ではないとしても、間違いなくそうだ。
親友の写真が全国放送された際には自分の携帯が鳴った。悪く言えば放置、良く言えば自主性の尊重を地でいく小磯両親が時間を選ばず電話をかけてきたのだ。
長い付き合いの中、それだけ印象的だったことはない。
当人は落ち着くまで連絡をすることすら忘れていたようだし、この親にしてこの子あり、と言おうか、お互い様の部分もあるのだ、この家庭は。
 健二がぽんっとペンのキャップを取り、佐久間の落書きをちらりと一瞥して裏返した。特に感想はなかったが、気にしない。
少し出だしに悩んだ様子の健二を見ながら鞄からキーを取り出す。指にひっかけて振り回すと金具とこすれて音が出た。短い文を健二がしたためて、新たなメッセージが机に残った。裏にサプライズ付きだ。文章の閉めには可愛いとも言えなくない擬人化した鳥、そばにアルファベットのAと書いて動物の名前を記されていた。
「さ、る?」
「うん。しっぽでしょ、そのひょろっとしてるの」
「え、ガチで?!」
背もたれへ預けていた姿勢を机へ前屈みになる形で紙を掴んでもう一度見直す。ヒレのようにも耳のようにも思えたこれが、しっぽ。しっぽ? 首を横へ振りながら言う。
「わっかんねぇ。サル? 俺のかわいいサルさんなのこれ。キモカワニューフェイスじゃなくてサル? いやぁ……おばさんの絵はじめて見たけど、個性的ね……」
 いくら見ても佐久間の思うサルと一致するところを見つけられず、けれど健二が嬉しそうに見せた絵をけなすわけにもいかず、かろうじて出たのがそれだ。個性的。いい言葉だと思っていたが改めてそう思う。
「ん? おばさんとこんなことやってんなら、おじさんは?」
思い当たって問うた。
「父さんとはメール。絵文字オンリーでやりとりとか、罰ゲームみたいだよね」
答えながら健二はサルと書いた文字にしっぽをつけた。ひょろり。
「……それって意味通じるの?」
「罰ゲームみたいだよね」
「……ナルホド。解読すんのか。罰ゲームって言う割にはたのしそーね?」
からりとなんの照れもなく健二が笑った。
「ぼくんち的にはなかなかいい感じじゃない?」


 

 

 

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