Pumpking!

 

 

 がちゃ、と健二が扉を開けた。後ろからそれを見る。
そこに広がる光景に、足を踏み出しかけていた親友の動きが止まってが絶句したのが分かり、耐えていた笑い声を忍ばせた。
「トンネルを抜けるとそこは雪国……」
「抜けたのは扉だけどな。雪もないけどな」
健二を促して部屋へ入り、愛機のキーを机に投げてベットへ座る。健二も鞄を置いて椅子へ座った。
「どしたのこれ。なにすんの。まさか遊ぼうってこれ?」
自分たちの目の前には段ボール箱が三つ。どれも開封済みだ。室内にわずかな泥の匂いが漂う。
「ネットって便利だよな。即日配達サービスまであったっての」
佐久間と健二の前にあるのは数も種類も多種多様のかぼちゃだ。ほくほくとした食感が魅力のかぼちゃ、食用には向かないがその大きさが魅力のかぼちゃ。段ボールには品種が書かれている。可愛いらしい名前も、きらきらしい名前も、色々とあるが残念なことにそれらを見分ける知識は佐久間にはなかった。かぼちゃはかぼちゃだろう。
「わざわざ取り寄せたの……」
「そっ。ついでに道具も完璧。その袋んなかね」
「なんでいきなりこんなことする気になってんのって、あ、まさか」
「ははは、トリックオアトリート!」
「うわ、マジで佐久間ぼくお菓子なんて持ってないよ」
「おまえんちで俺が絵書いててもお前スルーなんだもん。お菓子くれなんて言わねぇから付き合えって。暇だろ」
健二の反応に満足して笑う。してやったりだ。
「そういうの作ったことないのに」
「大丈夫俺もない」
言い切って、準備していた新聞紙をフローリングに敷いていく。刃物を扱うから床が傷つくのも嫌だし、どうせゴミや破片が出るのだから一石二鳥だ。
「ねぇそれのどこに安心できる要素があるの?」
「やってやれんことはないぜ、なんでも」
「無駄にポジティブだー」
「健二くんに褒めてもらっちゃった!」
 前向きに健二の発言を捕らえて、袋を指差すと健二が中身を確認してから新聞紙の上でがさりとひっくり返した。そのなかにあった折り畳まれているコピー紙を広げてみせる。
「作り方もあるわけ。抜かりないぜ、俺。それにほら、要は実を削っていきゃいいだけの話じゃん。それでも困ったらそこのパソコンで調べりゃいいし。インターネット万歳」
 新聞紙の上にあぐらをかいて座った健二へ顔よりも大きなかぼちゃを手渡す。横に置かれて、箱の中から自身で両手におさまる大きさのかぼちゃを取り出された。佐久間は置かれてしまった一番大きなサイズのかぼちゃを抱えて、同じように座った。
 かりかり、ざくりざくりと削る。なかなか硬くて手強い。
手順通りに進めると、それなりに形になった。ただし、ひどく歪んでいてサンプルのようにはならない。失敗も見越しての数だから気を取り直して次のかぼちゃを手に取った。
 かぼちゃ。南京。瓜科の野菜。ハロウィンではランタン。死者も生者も無関係に区別なく足元を照らしだす道具だ。
緑の皮膚へ、だいたいのアタリをつけてまたがりっと差し込む。すると少しえぐいような、新鮮な匂いが香り立った。部屋がかぼちゃに乗っ取られていくようだ。
 どれだけ経ったか、時間の感覚があやふやになった頃、凝視していた眼が疲れを訴える。眼鏡を外し甲でこすった。ちらりとそのまま親友を見れば、真剣な眼差しで対峙していた。かぼちゃと。
彼の視線の先にあるものが数学の問題集、もしくは、コンピュータ概論、プログラム言語の専門書、プログラムそのものであるならその眼差しは何もおかしくはない。黙々と進めているその姿。相手はどう見てもごろんっとした野菜だ。
健二とかぼちゃ。かぼちゃと健二。
健二のかぼちゃにはもしかすると、親友にしか見えない文字があるのかもしれない。ハロウィンだから魔法のかぼちゃが混じっていたのだろうか。
「ねぇ、まだやるの?」
ころんと持っていたカボチャを置いて動きを止めていた佐久間に気づいた健二が言った。ぼんやりと眼鏡をかけなおして答える。
「馬がさぁ」
「うまー……?」
「でなきゃさぁ、馬車うごかねぇしさぁ」
「ばしゃー?」
おうむ返しへ頷き返す。瞬きを一つして、佐久間は自分が作っていたものたちを健二が見やすいように並べた。
絵本の世界を現実の世界で再現する。そのためのかぼちゃだ。ハロウィン。精霊の夜。ランタンだけでは芸がない。
「……佐久間って」
「うん?」
「いや、知ってたけど器用だよね」
「大事なことは二回以上言ってください」
「大事じゃないので言いません。なにやってんの? ランタン作っておしまいじゃないの?」
「ランタンあるよ? そこにホラ。ただそんだけじゃ面白くないんじゃないかなーってね、思ってね。かぼちゃで作るアートに俺は目覚めた」
「………………」
健二が黙って散らばっていた不揃いな破片をさらに刻んで鍋に入れた。無駄にするつもりはないからあとで調理して食べるのだ。
「俺はかぼちゃの王になる」
「美味しく食われたらどう? ってか、おなかすいたよ」
「……かぼちゃスープつくる?」
鍋のなかを見て言うと首を振られた。緑と橙がほどよく混ざっている。
「あとさぁ、これ、生じゃなくてちょっとだけチンすれば柔らかくてこんな苦労しなくてよかったんじゃないの?」
「……えっ」
「器用な佐久間くんはたまにバカだなぁ」
「褒めてんのそれ。ばかにしてんの? どっちなんだよ」
「はは、どっちだろうねぇ。馬つくったらどうすんの。ランタン完成したからぼく的にはもういいんだけど」
 健二の前に並んでいるかぼちゃは単純に穴が一つ開いているだけだったり、片目しかなかったり、星をかたどった空白が開いていたりと色々だ。しかし教科書にでも載せたいくらいのクオリティを誇るものがあったりした。
佐久間がやりたいようにやっているように、健二は健二で好きなことをしている。なんだかんだで、二人とも小学生時代の工作の評価は良かったなと思い出した。そして当時から熱中すれば人の話なんて聞いていなかった。これは二人揃って今も同じ。成長するに連れて覚えたのは外面の良さで、佐久間は健二よりもその点では秀でていた。
「んー……次はガラスの靴でもつくるか」
「……ガラス工房どこ?」
「はははオレンジ色の靴にきまってんだろ」
「あははは全部煮込んでいい?」
「あとちょっと、あとちょっとだから! 健二くん笑ってない笑って! 笑顔が素敵だから! 素敵な笑顔を浮かべてて!」
 佐久間の言葉通り笑みを浮かべた健二が、隠していた失敗作を見つけてそれをなんの戸惑いも見せずに砕いた。馬車モドキは形をなくすが、顔色をなくした佐久間は笑って誤摩化した。
深い緑がぱかりと割れてオレンジが顔を見せる。健二はそれをしばし眺めてから手を拭い、携帯で写真を撮った。
「なにやってんすか健二くん」
「佐久間くんとバカなことしてるよってメールしようと思って」
「……だれに?」
「佳主馬くん」
「キング? ガチで? え、ちょ、そしたら実況はしなくていいけどビフォーアフターってしたい。この惨状からの復活を俺は成し遂げてみせる!」
「……惨状って自覚あったんだね」
健二が撮った画像を見ようと後ろへ回り込む。ついでに腰を伸ばした。同じ姿勢をずっとしていたからか痛い。
「でもそうかキングか。おもしろがってくれっかな。お前にかぼちゃでもかぶらせれば笑ってくれそうだけど」
 キング。王。オズで、そう呼ばれているのは一人だけ。キングカズマ。オンもオフも関係のない有名人の一人。影響力に境のないオズの住人を、佐久間は友人だと思っている。
「自分でかぶんなよ」
背後を振り返り佐久間を見た健二の友人でもある。
キング。
特別な呼称だ。常勝を誇っていた彼は、数年前に一度ベルトをなくした。
圧倒的な強さを見せていた彼に、立ちはだかったのはなんだったのだろうか。負けて立ち上がって、立ち上がってはその度に塞がられて。
佐久間は詳細を知らない。知らないというと語弊があるかもしれないが、遠くは慣れた場所からインターネットを介して親友のサポートをしていただけだ。
世界を賭けての戦場に、サポーターとしていた。だからおそらく当事者以外では詳しい部類にはいる。だけど支援者だ。場に必要な役者ではあっただろうが、主役ではない。
つまるところ、同じ場所のようで居て違う場所に居た彼にどういった変化があったのかだなんて、 わかるわけがないということだ。同じときに同じ場所でなければ感じ取れないことだってあるだろう。インターネットは距離を縮められるが、それだけだ。
ただ、佐久間に言えるのは、今の彼が新生だということ。復活を遂げただなんて言えない。同じだなんて言えるわけがない。新しく生まれ深みを増した強さを武器に他者を寄せ付けない、ただ一人の王が君臨したマーシャルアーツ。
「キングげんきー?」
 Webカメラを通してみたキングの中の人は、予想よりもはるかに子どもだったのが衝撃的だった。もっとおたくでもっさりとしたタイプだろうと勝手に想像していたからだが、まさか自分よりも年下だとは思ってもいなかった。
マーシャルアーツを自由に動くキングへの憧れはもちろんあったが、騒ぐのなら時と場所を選びたいし空気は読めるほうだ。キングは好きだが知りもしないプレイヤーに関心は持てない。つまるところ、正直、中の人に興味はなかった。
けれどその後、世界を賭けた戦いの後始末というには派手すぎる締めくくりが情報の海を荒立たせていて、その発生源、それだけの判断を下した相手を、ただの子どもとは言えないだろう。色々考えてはみたものの結局、好奇心に負けて電話をかけた。急を要していたわけでもないのにオズの回復を待てずに音声だけの携帯電話を利用した。
そして自分は考えてもいなかったことを感じ取って驚き、眼をみはったのだ。よく覚えている。数年前の出来事は風化され、だから忘れられないことは鮮明だ。
「こないだ話したときは文化祭めんどうだって言ってたよ」
 中学生というには不釣り合いな感情を、顔を合わせていなかったから感じたのか、それとも。
あれは幼さを起因とした思考だったのだろうか。だから感じ取れたのか。深さなどない感情の浅瀬をひたりと。
「そんな時期かぁ。なにすんだろな」
そして、健二はおそらく何も分かっていない。目端が利かないから健二とも言えるが、しかしあの感情の向きがはじめから合ったとしたら? 変化ですらなかったとしたら?
世界だなんて重たいものを見事に救いあげ、さらにその混乱のなか向けられた様々な感情を一つ一つ選別できるような余裕を、不器用な親友は持ち得ただろうか。佐久間の大切な親友だ。共に過ごして来た時間は長く、性格はだいたいのところ把握できている。
「喫茶店でホールスタッフ? クラスメイトのお兄さん、あ、なんかバーで働いてるんらしいんだけど制服貸してくれるとか……ぼくらんとき何したっけ?」
「俺とお前で部室篭ってたのは覚えてる。クラスはわかんねぇわ」
「劇、とか……しなかった? どうだったかなぁ」
「付き合い悪いなぁおまえは」
「ひとのこと言えないくせに。でも佳主馬くん。あの成長こわいなにあれ。夏に会ったけど半端ないね成長!」
「背抜かされたんだっけ? こないだのOMCも、まぁ、ずば抜けて……。あれほんとに年下? 近頃の若い子って恐ろしいわぁ」
健二が親しくしている一族の一人。
「ぼくに聞かないでよ。4年前は可愛かったなぁ、弟みたいで」
「おとうと、ねぇ」
「なんだよ」
「いやぁ、ねえちゃんズにおまえ弟代わりにされてっけど、一緒なのかねぇって思っただけ」
「佐久間が弟じゃん。一緒なわけないよ」
健二も交えての3人でWebカメラを使って話したときは、高校に入学しても親しい友人とはクラスも同じだからあまり代わり映えしないと言っていた。声も低くなっていて、身長も伸びていて、当たり前の成長を彼はしている。
けれど、だから、佐久間は分からない。何を持って当たり前というのか、断じることは難しい。彼の感情はどう傾いたのかも当然、不明だ。
おなかすいた、とまた零して健二はパソコンを起動させた。その後ろ姿をみて思う。
どういう視線がぶつけられていたか。
彼は彼に対して、何を思っているのか。
ブラウザを立ち上げかちゃりと人差し指でキーワードを入力する健二は、佐久間が思っていることに気づきもしない。誰かに考えられていることへ、気づきもしない。頭を振ることで、答えを求めようとする思考を切り替えようとする。それが親友らしさだ。
「新しいカボチャの形でも探すの?」
「美味しいカボチャ料理探すの」
真剣にモニターに向かう健二の視線の先にはレシピサイトが映っていた。オレンジ色。ハロウィン仕様だ。
部屋を見渡しかぼちゃが散らばっている現状を見て、使える物とそうでないものを分けることにした。キッチンにでも置いておけば、母親が料理に使うだろう。
完成したハロウィンを彩るかぼちゃは単車の鍵ーの横へ並べていった。ひとつふたつみっつ。写メを撮るときは、もっとハロウィンらしくしようと決める。
「あ、これ美味しそう。かぼちゃの香草パン粉焼き」
「そんなシャレたパン粉ねぇです。ふつーのパン粉にちょっとお高い塩でいい? あとオリーブオイル」
「かぼちゃの王様がいうんならなんでもいいよ」
「どうも王様はじめましたー」
茶化して答えた。何がどうなろうとも、佐久間のスタンスは変わらない。親友とのこういうやり取りを何よりも大切に思っていた。だから出来ることなら幸せに過ごして欲しいのだ。繋げた友情は切れることなどなく、友愛を抱く。
取り寄せた段ボール箱にまだまだ手つかずのカボチャは残っており、カボチャロードの終わりは見えず、佐久間はひとまずレシピサイトを覗き込んだ。完成が楽しみだ。


 

 

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