終わる廻る目眩

 

 

 熱さを感じさせる太陽をアスファルトの上で受けながら、歩道を歩き学校へ向かう。髪が熱を吸収しているようで気になり、手で適当に掻き乱した。排気音をだしながら横を車が通り過ぎていき、少しだけ風を起こした。朝だからまだ涼しいが、それでも歩けば汗がじわりとにじむ。
短かったような、長かったような夏休みのあとに新学期が始まった。
(早く帰りたい)
朝から照りつける太陽を見上げ、睨みつけて、その眩しさに目を細めた。長野で過ごした夏を思い出しながらも佳主馬は制服を着て歩いている。
夏休みが終わる。

 

 中学校という響きで連想するもの。
一年生から三年生の生徒。小学生よりは科目が増え、得る知識量が増えた授業。教えるのが上手だったり下手だったりする先生。騒がしい休憩時間、昼休み。一日の終わり、放課後。
小学生のときにいじめられて以来、人の集団は苦手だ。
中学校へ進学してからはまだマシだが同じ小学校出身のクラスメイトはあまり近寄ってこないし佳主馬も近づかない。
 昔との違いは、右へ倣えとばかりに同じことをする人が減ったことだ。他校出身の他の同級生は彼らの様子を見ながらも佳主馬と話し、笑い、じゃれる。自分で考え行動するから前のように全員から無視も害も与えられない。そして佳主馬も他人との距離をうまくはかれるようになった。
 佳主馬がいじめられた理由はいまだ良くわからないが、それはそういうものだったんだと今では思う。最初からそう割り切れていたわけではないから初めて無視をされ物を隠されたり捨てられた時は、自信をなくして落ち込みもした。だから新潟の祖父からOZを通じて拳法を学んだ。報復や暴力に訴えるためではなく、誰かに勝つためではなく、自分に勝つためだ。まわりを気にせず、己の足でしっかりと立てるように。
学校という場は、様々なことを知り人間関係をつくりだしていくコミュニティであり、得た知識でより自身を確立させていく。
 佳主馬が知らないだけで世間には色々な人がいるのだとこの休みのあいだに思い知ったことであるし、だからこそ今の自分には何一つとして無駄なことがあるはずがない。なにせ、人はみかけによらない。もしかすると、まったく推し量ることはできないが昔のことだって理由があったのかもしれない。理解し共感できるかは、置いておいて。
 中学生は大人と子どもの境目。自分を作り出していっている途中。まだずいぶんと子どもの配分が多いが、それでも小学生よりは自由がきいて自分だけで判断できることも増えた。視野の広いおおきな大人になりたい。たとえば、あの不器用な人をフォローできるくらいの。

 

 体育館での始業式が終わり、教室に戻ると担任が黒板の前に立ち宿題を集め出した。
やったとかやっていないだとか、持ってくるのを忘れた、という声が教室のなかをざわめかす。
 佳主馬は後ろの席から順に送られてくるそれを前の席に座っているクラスメイトにわたし、ぼんやりと教卓の方を向いた。
夏休みの間使われていなかっただろう黒板。右下には日直の名前欄があり、今日は空白。机の上に積まれていく宿題が一塊になったときに、明日の実力テストの直前プリントが配られてきた。それを机の上で順に重ねてまとめ、黒板の上にある時計を見る。秒針はカチカチと進むのに時間はとまっているようだ。15分は確実に鳴らないチャイム。
 担任がチャイムが鳴れば今日の授業は終わりだと言って集めた宿題をあとで確認しやすいように整理をしだした。ついでにそのプリントを時間内にやるようにとも付け足す。
31名の問題プリントやノート、作文の束を整頓するのは大変だろうなと思う。一番前の席へ座る女生徒が手伝う様子が見えた。
 手元にあるプリントを適当に上から見ていく。現代国語、古典、社会、英語、数学。
最後の一枚でめくる手が止まって、この問題を解いていくのがお兄さんなら、と考えた。間違いなく数分で解きおわり、所要時間の短さに驚いて自信なさげに笑いでもするのだろうか。
逆にもし、作ったのがお兄さんなら。最初は生徒のことを考え問題の難易度をさげていそうだが、最後の最後に何を問われているのかすらわからない問いをどんっと配置なんて大人気ないことをしそうだ。作り出す途中で意識がそれ、思うままに数式を組み立てられた、天才が無意識につくった問題だ。数字を分解し、組み立て、再構築。ただこれは確実だろうなと思うことは、作り終えたときには見惚れてしまいそうな笑顔をよこすに違いない。
そのどちらにしても佳主馬が横から覗き見たところで理解できないだろうな、と思う。わかるときがくるのかも謎だ。

 暇だから帰りたい。あと10分。遅いなとあくびを一つ。頬杖をついて、なんとなくポケットの携帯を確認でもしようかと動いたところで右隣の席から声をかけられた。

 

「数学のプリントってそんなおもしろいもん?」
「は?」
「少なくとも俺にとってそれはそんなにこにこ見るもんじゃない」
それはそうだ、そんな顔で眺めてたのかと顔が引きつる。数字とお兄さんはイコールで繋がるためそれを見て思い出していただけの話で、さらにこんなところも数学記号で結ばれていることに気づいて引き離しようがなかった。
「僕だってそうだよ。テストなんか嫌だ」
「だなー。宿題の範囲とかもう忘れた」
右横の席に座っている同級生、大村が憂鬱そうに言った。
「まぁね。夏休み、正直それどころじゃなかったし」
佳主馬は手元のプリントを机の上で整えなおしファイルにはさんでから鞄の中へ仕舞いこむ。
「ん?」
 大村が立ち上がり、椅子を佳主馬のほうへひっぱり寄せる。
がたがたと大村が椅子を動かしていたら前の席へ座る中下が椅子はそのままに、くるりとこちらに向き直って座り直し、聞いた。
「なにやってたの?」
佳主馬と大村の会話が聞こえていただろう中下が雑談へ混ざるつもりらしい。
 担任が言うようにプリントを進めているのなんてわずかなもので、皆、終了のチャイムまで暇だ。事実、そこらでひそひそと会話に花開いている。担任もわかっているようで、自身の仕事を手伝っている女子グループと楽しそうに話していた。

 

「んで、夏休みなにしてた?」
三人で輪になり話を再開した。聞いているのは大村だ。
「俺はプール通いまくってた。見ろよこの日焼け」
中下がシャツの袖をまくり、こんがりと焼けた肌を見せた。その色が佳主馬と同じくらいで、どれだけ外へいたのかと想像がつく。
「中下は元気だな、俺はうちに引きこもってたわ」
「なんでわざわざ夏休みに引きこもんの」
わからない、と顔をした大村が聞いた。佳主馬もそう思ったから頷く。
「マーシャルアーツでさぁ、勝ちたいやつがいたからAIとか調べてた。あれむずいのな」
「ネットに転がってるの拾えばいいのに。無料配布とかあるし」
残念そうな中下に佳主馬が答える。
 OZの利用者が増えれば増えるほど、そういった配布サイトは増える。検索をかけるとずらりと並び出るから自分が必要な情報を拾いだすというスキルが必要になってくるが、マーシャルアーツ初心者向けのAIだってたしかあったはずだ。
「そこからさらにカスタマイズしたかったの! 全部って言わねぇけど基本的なコードはわかっといたほうがスムーズにいくじゃん」
「ああ、なるほど」
「池沢は何やってたの?」
「あ、そうだ、さっきそれどころじゃなかったっていってたな」
「んー、いつも通り親戚ん家に行ってたよ、僕は」
思い出しながら答える。夏にあったことを一言で言えば、母親の実家へ着いていっただけのことだ。
「どこ?」
「長野」
「へぇ。白馬とか? なんかおもしろいものでもある?」
中下がウィンタースポーツのイメージしかねぇわ俺。と呟いた。
 佳主馬は陣内の屋敷を脳裏に浮かばせた。旧家らしい佇まいだが、この夏に半壊した。建て直しも迅速で、佳主馬が名古屋に戻る前にはほぼ元通りだった。裏山や家庭菜園、夏らしい陽気と爽やかな空気、天気がよかった日にあった永遠の別れ、曾祖母が大切にしていた朝顔とホースから水を撒こうとして不器用に自らもびしょぬれになったお兄さん、それから自身の場だと思っていた納戸に他人を受け入れそれが別に満更でもなくてどうしようかと思い、お兄さんと携帯アドレスの交換が出来て嬉しかったことを頭の中でぐるぐると思い出しながら、言えるようなことは何もないなと最終的に落ち着いて、ただの田舎だよと答えかけてからやめた。
「温泉湧いた」
「マジで!」
「うん、ガチ」
お兄さんの親友の口癖が飛び出た。移っていたらしい。
「長野パネェな」
大村が思わず、といったようにボソっと言えば中下がスケールが違うと言い返した。確かにプールと温泉では違う。
「あ、夏って言えばさ、OZがすごかったな。AI探しどころじゃなくなったわあれで」
そう言った中下を大村がビシっと指差して幾分か大きめの声を押さえながらも力強く出した。
「キングがやられたとき、終わったとおもった! あとあのナツキっての! かわいかったなー!」
「なんだ大村、おまえああいうのが好みなのか」
「うっせ。そういうお前はどうなんだ」
「いや、アバターは差し出したよ。ただ花札しないから意味わかんなかったけど」
「確かに花札はわからんかったが、俺も出した」
だよな、だすよな、持ってけって思うよな、と二人で頷き合う。
 そうか、あの中にいたのか。リアルと密接に繋がっているOZならばあり得ることだが、キングカズマのことを言われるよりもどこか気恥ずかしいのは、あれでたぶん克服していたと思った自身の弱さが見えたからだ。次は負けない。
「池沢は?」
「うん。なんか楽しいことでもあった?」
「…まぁ、OZすごかったね」
「うん、すごかった。それで池沢のそれどころじゃないってなにが」
にじり寄って食い下がってくるので引き気味に答えた。近くにくるから押し返す。見ていた大村が笑う。
「中下しつこい」
「いやでも俺も気になるのよ池沢君」
なー、と目の前の二人は息を合わせて言って、打ち合わせでもしてあったかのように同時にくるんっとこちらを向いた。
左右対称な動作に身じろぎして気持ち後ろに座り直す。
「で、どうなの」
「なんでそんなに気になるの」
「トモダチだから」
「あと俺らの年頃でいえば彼女ができたのかも気になる」
「それが本音か大村」
おもわず返せばはははと誤摩化したような笑いが返ってきた。中下が言う。
「でもさ、トモダチじゃなけりゃ気にもならんよ」
なんのてらいもなく友達だと言われて、佳主馬はトモダチという言葉から親友だよと誇りさえ感じさせる重たさで言い放ったひとを思い出す。ああはまだなれない。当然のように言えない。
 佳主馬の年上の友人を親友だという人は、それこそそのトモダチのためにネットユーザーを煽り、持てる技術やらなにやらを駆使して一番良いと思われた方向へ導いていった。らしい。らしい、とつくのは本人からそう言い切られてはいないからで、状況を見る限りそれが正解だろう。
だから、トモダチは特別な言葉だ。
「なんか敵わないなぁってひとができた」
「池沢が?」
うん、と頷く。うん、そうだ。出来たんだ。
「何様俺様の池沢が敵わんって、相手どんな」
「なにそれ」
ポケットにいれていた携帯が震えた。手を伸ばしながらも何様俺様の言葉へ首をひねる。
「ていうか、ほんとに何があったんだ」
目の前の二人を置き去りに携帯を出した。画面の中心にある時計がチャイムまで残り3分だと教えてくれる。
「って携帯持ってたのか!」
「そりゃ、僕だって中学生だし」
操作をしながら答える。ロックを解除、ウサギを選んだ状態で待機。ウサギを中心にくるくると廻りだした黄色のリスが可愛い。お兄さんだ。
「いやいやいやいや、持ってんなら教えろよ」
 画面の下部でリスがメールを持ってぴょこぴょこと飛び跳ねている。らしくて、笑みがこぼれた。
リスとウサギが待ち受け画面に居る。佳主馬のウサギはキングではなく、キングをデフォルメしたものだ。同じ二頭身に、似たようなパーツはリスと並んで立つとファンシーで可愛い。キングの面影も残しつつ作ったもう一つの分身。
「…その顔でさっき、プリントみてたぞ池沢」
大村が言い、中下が佳主馬の顔を見て携帯を覗きこもうとした。
とくに隠す必要も感じなかったので、画面が見やすいように携帯を机に置いた。
「ぶさかわリスだな」
「で、池沢のアバターもそのリスと同じくらいの大きさなんだなぁ。ああでも、赤いジャケットとウサギだとちっさくてもキングカ、ズマっぽい、な…? え? ………え?」
ウサギとリスを確認してから、二人はお互いに数秒ほど口を開かず、やっと開いたと思えば、ええと、だとか、あのさ、だとか意味のない言葉を発しながら言いにくそうに言いあった。
「…大村先生。聞いてください俺はこのリスを見たことがあります」
「それは奇遇ですね、中下くん。俺もこのリスを見たことがあります。まとめサイトに貼り付けられていたスクリーンショットで見ました」
「俺は動画です。倒れたキングを連れてぴょーんっと」
「池沢のアバターは今まで見たことありませんが、池沢の名前はカズマです。ウサギでカズマ」
大村と中下の声がだんだんと小さくなる。
 佳主馬は二人を気にしないことにして、黄色のリスが持ってきたメールをウサギで受け取る。こちらのアバターには名前の前に半角でスペースを取っている。同じ名前は使えないし、かといって違う名もややこしいから似たような名前をつけた。もしかしたら他人にすでに使われているかと危惧していたが、あっさりと命名できてホッとした。
 受け取ったメールを中心に吹き出しが画面に広がる。
「なぁ、池沢」
「なに?」
「………キングカズマ?」
「んー?」
友人からの問いには生返事で答え、吹き出しの中央にある一言だけの本文を見た。
『夏休み終わっちゃったねぇ』
 どんな顔をしてメールをしているのかと考えた。キングがいる携帯は普段は家に置きっぱなしだと伝えていたからわざわざこちらへ送ってきたのだろう。小さなウサギはみたことがないはずだから、これで返信を送るとどういう反応がもらえるのかと気になる。
夏休み。ぼくらの、夏だ。確かに終わった。
「うん、そうだね」
「え、うそまじで?!」
「終わった」
「なにが?! ねぇ、池沢なんの話!?」
「…夏休みの話、だけど」
「俺様池沢は人の話を聞かねぇよな、ほんと!」
大村が自分の席に戻り、鞄を探る。それを見て中下も戻り、携帯電話を手にとり戻ってきた。
今度も二人仲良く、佳主馬に携帯をずいっと見せる。

「とりあえず、赤外線よろ」

 

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