捌いて整えて、ハナから何も変わりなく 1

 

 

 薄暗い納戸でパソコンの電源を押す。小さく起動音が響いて、ディスプレイが光る。あらわしの落下でネット回線が切断されてしまったかと心配していたが、取り越し苦労だったようで胸をなでおろした。
 テレビを思い出す。
夏の明るい日差しのなかで、テレビのコメンテーターがOZの混乱を愉快犯では済ませることは出来ないと断罪をし、写真を提示した。
アバターの写真と、本人の写真。
よく覚えている。
机に並ぶ昼食。うろたえるあの人。忘れてなんかいない。
 僕は知っている。
どれだけの混乱をあの人にもたらされたのか、知っている。
 自分のかかわる世界以外のことなんて、佳主馬にはよくわからないし法律のことも詳しくはない。ただ、写真があのタイミングで出回ったのはおかしい、と思う。今までそんなニュースを見たことがないからそう思う。
 そして写真がでたということは、そこから個人が簡単に特定されていくということだ。
インターネットには面白いことが起きないかと待ち望んでいる暇を持て余しているやつらはいるし、暇つぶしを求めている人間だっている。
だからあれだけで個人が特定されるのは簡単に想像がついた。今までだって、写真一つでていないのにどこからか少年犯罪の容疑者情報がネット上にリークされていたのは知っていたからだ。それは嘘なのか本当のことなのかまでは佳主馬には分からないけれど、そういったことをする人間がネット上にいるということだけでもう十分。
自分の叔父達がいくらか動いて、さらに本家が人脈を使い連絡を取っていたことも感づいてはいるが、それだけでは佳主馬の気がすまない。
あれでは容疑者どころか犯人扱いだ。そして佳主馬や子供たちですら気づいたことを、あの人がわからないはずがないのだ。
知ったものがいない空間での犯人扱いにどれだけ傷ついたことか、と想像する。面白くない。

(傷つけるものすべて消し去ってやりたい、なぁ)

 メーラーを立ち上げて、新規でメールを作成する。見慣れたウサギのカズマが画面のすみで待機している。
企業相手のテンプレートを呼び出して簡単に用件をかき、兎のカズマに渡す。
何度か宛先を変え内容をコピーし貼付け、それもまた送る。
 この混乱でいつ相手がメールを確認するかは分からないけれど、今回のことでキングカズマの知名度はあがった。今まで以上の熱狂ぶりだ、今は。しばらくすれば落ち着くだろうけど、この熱を利用しない手はない。
すこしネットをまわればあちこちで記事が出来ているし、まとめサイトもいくつも出来ている。負けたことで手のひらを返したスポンサーもあったが、それらも含めてキングカズマは今まで以上の広告塔になりえる。
自分の価値を足がかりに訴える。キングだからこそ、できること。
(できることに躊躇なんてやってらんないんだよ)
 タイピングを軽快に進める。パソコンがわずかに熱を持ちだしてきた。そうなるとひんやりとしている納戸でさえ熱がこもってきだす。夏だ。
 自分にもなにか出来たらいいなとおもって、考えついて、それから更に考えた。
第一はお兄さんの迷惑にならないか。それから自分たち家族のこと。
メリットとデメリットを天秤にかけてみるとスコンっと利点のほうへ傾いた。なら迷う必要はない。悪意をもってお兄さんがネットで語られるだなんて許せなくて、だけどすでに流出したことは止めようがないから佳主馬は違う方向でアプローチをする。
 愉快犯、だなんて、それこそネットにはあふれるほどいる。
カズマへ中傷を書いたようなやつらが、それこそたくさん。あれをみて酷いねぇと言ったあの人は、きっとそういったものには免疫ないんだろうな、と思った。

 どうして出来たの、と湧き出た温泉を呆然と見ていたお兄さんに尋ねた。佳主馬にすれば、目の前の温泉などこの人に比べたら瑣末な出来事でしかなかったから温泉へはちらりと視線を向けたきりだ。
その佳主馬へ視線を合わせて、あの場を動き出さずむしろ逃げろと言った人は、考えをまとめるようにとてもゆっくりと小さな声で言った。
「…え、………ぼくはこの家が好きだから。出来ることはなんだってやるよね。…諦めちゃ、ダメだって栄さんも…」
(この人は、ばかなんだろうか)
 死ぬかもしれない場面で、それはなによりも優先すべきな大切なことだよと簡単に言われて、泣きそうだと涙一つ流さずに佳主馬は思った。

 最後の宛先を呼び出して、ふうと息を吐く。いつのまにか緊張で息をつめていたらしい。こういったことをするのは初めてだ。自分からアクションを起こすだなんて。だから少しどきどきとする。だからわくわくとする。世界の広がりを感じた。
 そのままメールを完成させて送信、完了。カズマが戻ってきたのを確認してからパソコンの電源を落とす。しんっと音が消える。しばらくパソコンへ頭を押し付け、身動き一つせずに額でその熱を感じた。熱い。夏だ。暑い。

 

 

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