健二と理一がいないまま夕食が終わった。
昼食を皆で食べてから二人で簡単な説明をするために警察署へ向かったからだ。
上田の地元警察署は陣内家ゆかりの人物ということでそう酷い扱いはしないだろうが、なにせコトががコトだ。時間がかかっているのだろう。
理一と健二が夕食が始まるまでにもどって来なかった時点で万里子が電話で「先生」と呼びかける後ろ姿を見たからそんなにも心配はしていない。万里子がこのタイミングで関係のないところに電話をするとも思えなかったから、そのうち戻ってくるだろう。
長野上田の陣内家は地元では名士だからある程度の融通は利く。ただ、その後姿を見てなんとなく自分もついていけばよかったと脳裏をかすめた。
二人がいないせいで静かに始まった夕食は酒がすすむにつれていつもの賑やかしさが戻ってきた。
佳主馬は食べ終わると静かに立ち上がった。納戸へ行く気にもならず、そのまま部屋の隅へ行きパソコンを起動させようとしたがポケットで携帯が震えていることに気づいた。いつまでも振動が止まらないせいでメールではなく電話だと悟る。
佳主馬の携帯は二台あり、企業用にと持っているほうは日中にメールを送ったせいか頻繁に電話がかかってくるもので鬱陶しく、納戸へ置きっぱなしだ。
普段であるなら、仕事用であるからできるだけ携帯しているのだが今日は別だ。かかってくる理由も分かっている。
ある程度予測がついてはいたが予想通りの動きに胸をなでおろした。あとはその成果がどこまで自分が望むものに近づけることができるか、にかかっている。初動は上々。ただし、それのおかげで健二についていけなかった。
今震えているのは学校の友人や家族といったプライベートに使っているものだ。父に二台持つかと言われたときは正直、いらないと思っていたが使い始めると実際便利で助かる場面が多い。
とくに学校の友人関係へはウサギでは連絡をとることは無理だ。想像するだけで煩わしい、めんどくさい。
佳主馬のポケットの中で止まることなく震えているそれは、まわりが騒がしくてよくは聞こえないがぴぴぴと高い電子音を響かせている。手で探り取り出し、とりあえず静かな場所へ行こうとする。
「佳主馬どこへいくの?」
「電話」
部屋を出ようとする佳主馬に気づいた聖美に携帯を見せ答えた。戻ってくるの? と聞いてくる声には手をふり答え、携帯を開き画面を見た。
学校の友人の誰かかとおもいきや、そこにはお兄さんの友達で今回のことで知り合った相手の名前が表示されていた。
お兄さんとその親友の番号はウサギを隠す必要もないから親族と同じように二台ともに登録ずみではあるが、まだウサギのほうしか伝えていなかったように思えたからなぜ知っているのだろうかと疑問を持つ。
昼間、皆で片付けをしたとはいえ埃で少しざらつく廊下へ出てからどこへ行こうかと少しだけ悩んで納戸を選んだ。
あの場所は自分のテリトリーという意識が強い。素足で板張りの廊下を歩く。静かで騒がしい。いつもと同じ。
まだほんのりと昼の熱が残っている空気の中を納戸へ向かう。
手の中の携帯が震え続けている。ぴぴぴぴぴぴ。
着信音を変えていないそれは機械的な音で、せかされているような気にすらなるが更に数コール眺めてからボタンを押して耳に当てた。
「…もしもし?」
「あ、やっと出たなキング。なっかなか出ねぇんだもん」
「ちょっと、騒がしくて。僕こっちの携帯ナンバーって教えてたっけ?」
「いやぁ、聞いてたほうにかけてもかけても繋がんねぇから健二に聞いた。そしたら理一さん? って人が教えてくれたよ」
ああ、と返事をして納戸の扉を開いた。そのまま自分の定位置へ。机に抱えていたノートパソコンを置き、ケーブルを繋げる。机のすみに置いているもう一台の携帯はぴかぴかと光り着信を知らせているが、無視。
「それで、どうしたの?」
そしてそのままノートパソコンを開き、電源ボタンを押した。小さい音がヴンと響いて画面が明るくなる。
デスクトップには最低限のものしかない。あまり置きすぎるとパフォーマンスが落ちるからだ。
OZのログインショートカットやインターネットブラウザ、それからメーラーといくつかのフォルダ。
「あぁ、ちょっと聞きたいことがあんだけど…いまいける?」
「うん」
話しながら今度は携帯へ手を伸ばす。折りたたみを開くと不在着信が17件。とりあえず上から全部確認していく。かけなおす必要のある電話はなかった。閉じる。
「なに?」
「あのさぁ、なにやったの? キングカズマのスポンサー絡みで、テレビ番組がつぶれるとかどうとかネットに出てるけど、ガチ?」
「なにそれ。僕メールしただけだし知らないよ」
「メールって…、ちょっとどこへなんて書いた送ったのかそこ詳しく」
笑いを含んだような佐久間に言われ、昼間に送ったメール本文を思い出す。何通もおくったそれだ。言い回しを企業へ送ったそのままではなくくだけさせ一息に言い切る。
「疑わしいというだけで写真を全国ネットに放送するような番組のスポンサーとはこれからお付き合いできるか自信がない」
「うは、ガチで? すげぇな、はは!」
「……笑わなくてもよくない?」
「これ笑わなくて何を笑うってんだ。夏希先輩からキングが健二に懐いたとは聞いてたけど、まさかここまでやるか」
佳主馬はここまで、とは思わない。むしろこの程度でしかないとすら思っている。そうだ、許せるわけがないのだ、あの無責任な発言を。
「僕はお兄さんを軽く扱うような人たちとは付き合いたくないし。契約はまだ続くのもあるけどなんなら違約金はらったっていいよ、そんなスポンサーに固執してるわけじゃない」
砂糖に群がる蟻のようにキングカズマには新たなスポンサー候補としていくつかの企業から新たなオファー入っている。
そういったところへも、同じような内容を返信していた。
佳主馬と関わりのあるところが健二を傷つける可能性を持つというのならそれは率先して潰さなくてはならない。関わりなんかがなくても、傷つける恐れがあるものすべてを消し去ってやりたい。
(消えればいいんだ、ほんとにぜんぶ)
大事なものを守る為に、恥も外聞もあったもんじゃない。陣内は筋を通す。身内は守るものだ。
「それに、まだ足りない。まだまだだよ」
「……」
電話が沈黙をした。
「なに」
「…いやぁ、なんもー。けど、足りないっすか」
「うん。だけど何したらいいか考えつかない。僕が思いついたのってキングの知名度利用することだったし」
「キングにしかできねぇことだし、十分じゃね?」
「そうでもない。もっとなんかしたい。なんかない? 佐久間さん」
「え、そこで俺にふるの? ガチで? 怖いなキング」
「そうかな。 佐久間さんだって同じだとおもうけど。お兄さん、佐久間さんの大事なオトモダチでしょ?」
「…へっ?!」
すっとんきょうな声を出されてわずかに顔をしかめた。声が大きい。
対ラブマシーン戦で、あの人がいうように、やりたいようにOZを部分的にでも構築しなおしていったのはこの人だ。
佳主馬だってプログラムを扱いそれを仕事にしている。だからこそ、その佳主馬からみてもあれには異常を感じてしまう。
混乱しているOZをこの電話の相手はかるく手玉にとっていた。
保守管理のバイトは、高校生にやれる範囲であるだろうからまだたいした権限はないと推測できる。
そして、同時に高校生であるとはいえOZのシステムに関わる仕事というのは実力がなければできないことだろう。
だが、たかがバイトだという本人の言を信じることはできないくらい、管理システムの掌握を見せられている。
あの場に運営側のアバターが現れず、陣内家に連絡すらなかったことがいい証拠ではないか。
それによしんば、本当にただの普通のバイトであるのなら、ラブマシーンを捉えた城プログラムを作ることはともかくOZのなかで実行させることは難しいのではないだろうか。破られているとはいえ高度なセキュリティを誇っているOZへどう割り込ませる手段を持ち得るというのだ。
「まぁ、どっちでもいいんだけどさ。…僕にできること、もう他に思いつかないし」
なんとなくぐるぐると動かしていたカーソルでインターネットブラウザを立ち上げた。
ホームに設定してあるニュースサイトのトピックスが目に入る。
アメリカ国防省のコメント。遺憾の意を表明した日本国政府とホワイトハウスの対応。OZに新たなトラブルは見つかっていないが、復旧作業にまだ時間がかかるという案内。メディアが無関係の人間を容疑者扱いしたことへの非難。あらわしの落下で死傷者が出なかったことや、テレビ番組の内容に不満をもったスポンサーが降板するかもしれないということ。
不況で広報費用が削られているなか、スポンサーが降板すればテレビ局側にさぞ手痛いことだろう。
もちろんそんなことは知ったことではないしもっと困ればいい。
「他、他ねぇ。正攻法で警察とか。まさに今行ってんだっけ健二は。ああ、でもそういうのいやがりそうだなぁ」
「そういうの? ……名誉毀損的なあれこれ?」
「そっそ。キングさすが回転早いな」
「あんまり褒められてる気がしない」
そう憮然と返せば笑いを含み返ってきた。
「俺のね、大事な大事なトモダチなんだ、健二は」
「……………」
軽くさらりと言われたが、感情をはかることのできない声だった。
「守ろうとキングが動いてくれるのは、嬉しいよ。だから素直に褒めてる。そんでしっかりとトモダチになってやってよ、健二トモダチいねーし。本人いわないけど寂しがりだし」
「そんなの」
いわれなくったって、と続けようとして口を閉ざした。違う。
「数字が絡むとヒトがかわったろ。あれがなぁ。いいんだけどなぁ、でもなー」
「なに」
「そこしか見えないってヒトとしてどうなのよっていう。ま、ほら、健二もだけど俺もキングに憧れてるし、ぶっちゃけ健二だけじゃなくて俺とも仲良くしてもらいてーです」
人の良さそうな声でごまかされそうになるが、この人は多分、一癖も二癖もある。佳主馬が言うのもあれだが、人は見かけで判断していけないという見本のような気さえする。
冗談のように結ばれた言葉に息を吐き、佳主馬は聞いた。
「あの人っていつもああなの?」
「えー? いつもいつもあんな完璧じゃぁねぇですよ。でもさ、あんだけのことするくせに、数学オリンピック落ちたように見えんっしょ」
「うん、最後の暗算。あれはない」
「ま、見たまんま。わかりやすいやつだよ、あいつは。で、大事なことで何回も言いたいから言うけど、俺の親友さんなんですよ」
大事なこと、と言うくらいだからそれは本当のことだろう。
そしてこの人はその大事な親友が巻き込まれた騒動に対して見ているだけのことしか出来ないひとだっただろうか? 否、それは違う。違うかった。
「……それで、佐久間さん、は。なにをしたの?」
お兄さんのことを大切だと言う、この人は後方より支援をしていた。だが、それはOZのなかでの、オンラインでのことだ。
お兄さんことその親友は、オフラインにも影響が出ている。翔太が手錠をかけたことが最たるものだ。だから、佐久間がなにかをするのならオフラインにも影響があるのではないかと考えつき、この短い会話でそれが確信に変わった。
『親友』はそんな軽く言う言葉ではない。
だからこそ、だ。何かをしている。佳主馬ではできない方向から、なにがしかのことを。
「俺はたいしたことしてないよ。残ってるのは事後処理とかだし。出番は終わってる」
「お兄さんにも黙っててあげるから」
わずかばかり声を低くして早く答えろとばかりに促せば、少し黙って含み笑いをし、底意地の悪そうな声で話しだした。
電話だから顔は見えないけれど、想像通りならば薄く笑っているのだろう。人から好かれそうな、けれど何を考えているのかわからなさそうな表情で。
「…個人情報ってさぁ、守られるべきもんで流出なんてしちゃいけない類のもんだってのは、わかるとおもうんだけどさぁ。今回それがどう考えてもOZが率先してアバターと本人を一致させたっぽくて」
「は?」
驚いて尖った声が出た。
「ははは、やっぱそうなるよなー」
「ちょっと笑えないんだけど。なにそれ」
「いやぁ、写真出たの、早すぎたでしょ。だから。情報元が一般人なら信憑性が足りない、ならアバターと個人の一致できてさらに信頼できるところからタレ込まれてたとしたら? なりすましとかさ、そういう可能性も配慮せずにメディアへ流せたのは? そんなん考えるまでもないよなぁ」
聞きながら立ち上げたままのブラウザをクリックする。
Newというアイコンが着いたニュースだ。メディアへ非難が集中しているという、それ。ざっと目を走らせ概要を把握する。それから検索できそうなワードを拾いGoogleでWikipediaを探す。BBSよりもすでにまとめられ誰にでも更新可能な媒体のほうが一度に情報を収集できると踏んだからだ。
「それ、は」
指先が冷えていく。耳元で握っている携帯の熱が気になる。
狼狽え、パソコンを貸してくれと言ってきた健二のことが浮かぶ。思わず後ろを振り返って、納戸から見える庭を見た。暗くて誰もいない。いるわけがない。苦しくなって大きく息を吸った。
「だから、ね。すげぇ俺も腹たててたワケよ。写真一つで身元なんて簡単にバレんじゃん。だから削除依頼だしまくって、おいつかないとこは自分でも消してってさぁ。あ、もちろん誰がやったかわかんないように遠回りしながらだけど」
佳主馬が見ているWikipediaには、誰が書き込みを始めたのかは解らないが『個人情報が流され何もしていない一般ユーザがスケープゴートに仕立てあげられている』と様々な言語、文体で書き込まれていったとある。
OZから閉め出され情報に飢えていたユーザはそれを目にし、真偽を確かめようとまた別のところへ書き込み、結果、もはや噂ではなく事実となり嘘も真もなにも関係なく、ネットユーザはメディアへ疑いを持った。
もとよりこの情報化社会で報道に偏向を感じる者が多いのも理由の一つだろう。そういったバックグラウンドさえ利用し、おもしろがることの多いユーザが過剰反応といっていいくらいのアクションを起こし、それらの書き込みは坂を転がり落ちるようにメディアとOZへの批判に繋がっていった。
世界一のセキュリティとはいえ、今回のように破られることもある。
そうなったときに無関係の一般ユーザをこうやって矢面に立たせることということは、自分がそうなっていたとしてもおかしくないのだとユーザに危機感を持たせるには充分で、それをいまや携帯電話を持っているユーザ数がそのまま利用者数だと言われている企業がやったとしたら?
降り掛かる火の粉の対象は無差別だ。当事者になる確率は等しい。
「……佐久間さんって、性格わるい」
そこまでを理解して、しみじみと呟いた。
どこからどこまでが佐久間の作為だったかは分からない。けれど、その一連に一手を投じているのには間違いないだろう。それを考え実行できたことに羨ましさを感じる。自分には出来ない。
ついでに新規でウィンドゥを開き、OZの公式サイトに繋げる。トップページからリンクされているブログをクリックする。アクセスが集中しているのかサーバが不安定なのか知らないが、表示に時間がかかる。どうにか現れたトッページのコメント欄を更に読み込んだ。
「どこがよ。人畜無害よ俺は」
それこそ、どこが。うそつきと言い返したくなるのを我慢して別のことを口にした。
「だいたい把握した。興味もなかったから見てもなかったってか、正直それどころじゃなかったから見てなかったんだけど。ログ見るだけで一苦労する程度には祭りになっているみたいだし、公式のコメント欄はどう見ても大炎上だ」
「はは、さっきも言ったけど健二は俺の大事な親友なんだよ。だから炎上も祭りもいいぞもっとやれざまぁみろって俺なんかは思っちゃうね。対岸の火事だし。ってか、キングはやっぱ、頭の回転早いし聡いよな」
すごいな、と言われて答えに迷う。だから素直に思ったことを言った。
「馬鹿にしてるの?」
「いやいや、ガチで。キングのしたこと笑ったけど、馬鹿になんてできるわけがねーですよ。俺そういうのやりたくても出来ないしさ」
「…………」
「ん? どうかした、キング」
「――魔法使い、って言いたくなる」
「へぇ? また脈絡ないねぇキング。ファンタジー世界へ飛び立てっておっしゃいますかガチですか」
「違う。プログラムの、電脳のなかでこその魔法使い、だよ」
「あぁ、ウィザード? ……いやいや、一握りの優れた技術者へ向けての賞讃を使っちゃ駄目だろう。俺なんてまだまだよ。勉強することが多くていつも力不足に悩まされてるし」
それでも、だ。佳主馬には佐久間がしたことが魔法のように見えた。健二が数字の羅列を解いたときもそう思った。
ウィザードだなんて言葉は知ってはいたが見ることなどないと思っていたのに、だ。
「それに、魔法使いっていうんならキングの親戚の…ええっと侘助さん? ラブマシーン開発者の。その人のがよっぽどそうじゃ」
佐久間が言う。
佳主馬はAIの開発なんてしたこともないから畑違いで詳しいことは解らないが、開発者という点を考慮したとしてもあの短時間で解体できると信じ行動をしたこともそれを可能とした技術力もなにもかもがすごいとは思う。
そう思いはするのだが。
「なんか嫌だ」
「ガチで?」
電話の向こうで静かに笑う声がする。佳主馬も笑う。外からバイク音が小さく響き、それはだんだんと近づいてきた。
「あ、お兄さん帰ってきたかも」
「じゃ、切ろうかな。知りたかったことも教えてもらったし。……あ、キング、最後に一つ質問していい?」
「なに?」
「キングにとって健二ってなに?」
「? 夏希姉の偽彼氏。それからうちの身内。あとは…、尊敬できるひと、かな。それがなに?」
親戚になる人、という触れ込みから始まった。だから違うと解っても身内だと認識してしまう。身内ならいい、家族だ。
そしてその関係で繋がる縁は切れない。切れてなくなってしまうような縁で繋がりたいわけではない。
自分もなりたいと思った人にたいして、そんな薄い気持ちを抱いてはいない。
「いや、好奇心。最後に引き止めて悪かった。ただ、その感情は身内に向けるもんなんかと思っただけだったんだよな。ま、また話そうぜキング。じゃあ」
ぷつんと切れた。携帯を耳から静かに離す。ずっと携帯をあてていた耳が熱い。開けっ放しだった扉からは夜の風が入る。
バイクの音が途切れて、居間のほうで万助の大きな声、健二のそれは聞こえない。自分もそちらへ行こうとして、佐久間の言葉がよぎった。
身内に向けるものじゃなかったら、なんだっていうんだ。