Human Carnival

 

 

 マーシャルアーツが終わり、いつものようにステージからログアウトをした。
見つめていたパソコンから視線をずらし、硝子を境界にして窓の向こう、空から濃紺が押し寄せられた町並みは、だけど人口の明かりでそれを払いのけている。
佳主馬たちが住んでいるのはマンションで、いまも帰宅した住人が歩いていった音が響いていた。
 オズの接続人数は、近年ますます右肩上がりだ。そして、そのオズの競技のひとつ、マーシャルアーツの人気も日を追うごとに過熱していっている。
だから、このマンションはもちろん、窓から見えるだけの住宅街にも、佳主馬が戦っていた先ほどの試合を観戦していた人々がいる、のだろうおそらく。実感はあまりない。
 マーシャルアーツは誰でも参加でき、使用しているアバターの外見からは強さの判別も出来ず、やりようによっては初心者が熟練者を倒すことだって不可能ではないシステムを用いている。
その頂点に佳主馬は居た。重圧は感じないが、無意味だと思ったことならばあった。
知らない誰かの誹謗中傷にも慣れて大きく傷つくこともなくなったし、応援や励ましも嬉しいが同じく慣れてしまった。それらは佳主馬から乖離している。
 投げ出したり手を抜いたりしないのは、亡き曾祖母の教えでもあり、それを喜んでくれる人がとても身近に居るからだ。そして現金なもので、喜んでもらえるのなら嬉しいのだ。
だから勝つことは好き。そこは変わらない。
 鍛錬を重ね勝ち続けていることは楽しく、なによりも健二が夢中になるものの一つを自分がもたらしていると思えば当然ながら高揚して心が躍る。
だから勝つことは好き。だけどそれだけじゃなくなった。
 隣に居る人を窺い見ればフローリングに置かれた座布団にぺたりと座り込み息を吐いて光源の落ちたモニターを熱の篭った目でまだ見ていた。
「おもしろかった?」
「佳主馬くんの手とキングが連動してるの楽しい」
「いつも見てるのに」
「飽きないから。早すぎてぽかーんってなる」
「それ見れないの残念」
「見なくていいよ、間抜け面だから」
「どんな顔しててもいいし、何やってても好きなんだけど」
 にじり寄って傍らに。心を寄せてそばへ置いて、あむりと取り込めば息が上手く継げなかったのか喘いだ。
僕が口内で息づいて、満足をする。なかへはいるものが僕ならそれでいい。
すぐに離れると呆れたような笑みを浮かべて見られていた。悪びれずに笑い返し腕の中へ引っ張り込む。指をぐにぐにと触られた。
 健二が、右手の親指から順番にたどって次は左手へ。佳主馬はされるがままだ。一つ二つ三つ。指は全部で十本。
「アバターが一時的に制御できなくなるって知ってる?」
「うん? ラグとか?」
「じゃ、なくて。まぁでも似たようなもんだけど、サバキャン寸前みたいな。今のとこ原因不明。掲示板じゃ一応は話題になってるみたい。これは佐久間から聞いた話ね」
「制御不能、か。掲示板ってどこの? 公式?」
「ううん、外部。きみのスレもよく立ってるとこ。そこのオズコミュニティでぽつぽつ書き込みが増えてるみたいなんだよね。だけど独立スレになっているわけじゃないから気づいている人もまだ少ないし、……今のところはただのうわさ話」
 十本全部を一巡り、ぽいっと指を投げ出された。指への好奇心は薄れたらしい。開いて結んでまた開いてを繰り返し、手先まで通う神経を動かした。
「でもそう言うってことは、火のある煙?」
「佐久間が腕のいいハッカーが噛んでんじゃないかって。優秀な秀才っていうか、ただ腕が立っているわけじゃなくて、むしろ天才で秀才の、それこそウィザードクラスかそれに近いのがなんかやってんじゃないのって言うんだけど」
「へぇ。ウィザード、魔法使い。秀でたプログラマなんて数少ないだろうに。ああ、でも身内に一人いるね……それどこの侘助おじさん?」
「やっぱそう思うよね。ぼくも思った。侘助さんにやりましたかって一番に聞くくらいに思った」
「ってことはもしかしなくても聞いたの? やったかどうかを?」
「うん、やってねぇって即答で帰って来た」
「それは……、」
 ある意味、信頼しているということなのだろうが、それはあまり喜ばしくない類いの信用ではないだろうか。自分が聞かれたとしたらちょっとした衝撃を受ける。
「いやだってさ、ぼくもプログラマの端くれだからいろんな人知ってるけど、ぼくらの知ってる魔法使いはある程度のことまでなら楽しんでやりそうじゃない? オズのセキュリティもサーバスペックもそこらにあるもんじゃないし、だから実害でてないのかもしれないけど、だけど侘助さんクラスなら、どうなんだろうなーって」
 言われて、覚えていた同情が奇麗に消え失せた。
 健二が聞いた相手は、親族だ。中年にさしかかった年齢で独身の、世界でも片手の指に入るであろうプログラマ。
「まぁ……そうだね、たっのしそうに笑って立つ鳥跡を濁さずよろしくやりかねなくもないね」
「濁ってぽつぽつと噂になってるから侘助さんだと変なんだけど、まぁ、だからちょっと佐久間んとこ行ってくるよ。協力要請もらったんだよね、なんか掴んだんだって」
「……時間かかりそ」
 内容から察するに、下手をすれば何日か泊まり込みになるであろうから自然と低くなった声でぽつりと呟けば、健二が軽く笑う。
 この人たちはお互いのことを大切にしている。
どちらかが困れば当然のように助ける関係を親友というのだと佳主馬は二人を見て思った。
佳主馬もそれに似た関係を健二と築いていて、だけど友人では望めない感情を抱いている。だからそうではなくて、もっと。助け合う関係ではなく、かといって助けられるだけでもなく、もっと。
「解析による、かな。あんまり詳しいこと聞いてないんだよね」
「それっていつから?」
 もそもそとポケットにはいっていた携帯を取り出そうとするから腕をゆるめると、メール画面を見せられた。『早目に来い』
「はやめ? ――今日の昼過ぎみたいだけどこれ。もう夜中に近いよ、今から行くの?」
「ううん、だから明日。今から行くのめんどくさいし。ややこしい仕事終わったばっかだし、息抜きもかねてんじゃないかなぁ。あいつこういうの好きだから。それにいくら早く来いって言われても佐久間と並んできみの試合見るよりきみの後ろで見るほうが有意義だと思うんだよね」
 両手でつくったサークルでそんなことを当然のように言われて、さらに密着を図った。確かな質量に充足を得て、力を込めると苦しいと言われたが聞き流す。
だって僕はこの人が好きだ。
「まるでさ」
 力を弱めない佳主馬の長い前髪に健二が手を伸ばし、わしゃっとつまむ。
「うん?」