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忍び笑いが聞こえる。
ししし。
ハッとしてスピーカーを見るけれど、音量はミュートのままだ。つまり、沈黙を守っている。なのに、脳内に響いているような気がする。
ししし。
モニターを見ると、ふわりと浮いたままのアバターが待機モードできょろきょろとあたりを見渡していた。
まるで、誰が笑っているのかを確かめようとでもしているように。
仮想世界オズ。
登録人数は十億以上。世界最大規模のシステムで、様々な出来事が毎日起きているというのにたった一つの話題がコミュニティを騒がしている。
『笑い声がする』
それを契機に、不可解な現象が起きるらしい。
どうせ夏だから、と高をくくっていた。学生の多くが夏休みに入り、だから大げさに騒ぎ立てたいだけなのだろうと、軽く考えていた。
まさか自身の身に起きるとは。
モニターをしっかりと確認してみるが、異変はない。
よく解らないモチーフの管理棟はどっしりと構えていて、その周囲をぐるりと囲っているお知らせは、明日の天気を知らせているだけだ。
ししし。
楽しくもなさそうな超えに、眉をひそめた。
不可解の一言に尽きる。
ユーザー同士でささやかれるようになって半月が立つ。公式発表はいまだない。
六年前の騒動で、自身のアバターは未知の何かに取り込まれた。その時だって公式からの発表は遅れに遅れた。だから発表がないことが安全だと結ばれないと知っている。だから信じることは出来ない。
コミュニティバルーンに書き込まれていた。
笑い声が聞こえたら、次の現象が起きる。確認されているだけで、四つ。
フリーズが増える。
効果音やバックグラウンドミュージックが聞こえない。
アバターの足が消えて見える。
何かの痕跡をコミュニティバルーンで見つける。
痕跡は様々で、足跡だったり意味不明な書き込みだったりする。
『にひゃくとおか』
意味は、あるのだろう。さまざまな論議があちらこちらで催されている。けれどそれを、この時に使う理由が不明で、ネットスラングですらないそれはただただ不気味だ。
ただ夏ということもあって怪奇現象として人の口にのぼる。
しかし、プログラムを少しでも齧ったことのあるものならば、そんな不安定な要素は認めない。システムが誤作動を起こす時、原因が人であることは珍しくもない。
組まれたプログラムはその通りにしか実行されない。課された任務を忠実にこなし、それを狂わせるのは人だ。
プログラムのバグならば、公式がすみやかに修正なり削除なり、動くはず。期間として半月もあれば十分のはずだ。
だから、疑問が残る。
現実は仮想と結ばれている。
カラフルなクジラが空を飛ぶ世界は、現実と同じ。では、いま起きていることは?
ししし。
同じ現象が起き、バルーンで会話しているコミュニティに接続する。今しがた起きたことを書き込むためにだ。
真夏の夜の夢はプログラムを侵食している。
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蝉の大合唱が響く。建物と道路と木々に反射して木霊して、発生源を特定できない。ただ、一匹や二匹ではこうまでも響き合わないだろう。耳に痛いほどの音量。
七月に入ったばかりなのに命は夏を謳歌して、通り道には透明な羽の昆虫が腹を見せて転がっている。折りたたまれた足、二度と動かぬ夏のひと時。踏んだり蹴ったりしないように道行く人は皆進む。
駅から大学まで遠いわけではない。しかし地下道で続いているわけじゃないから、長くはない時間を歩くはめになる。
「あつい」
健二も大多数の人に倣い、街路樹が多い道は気を付けて歩いている。隣を歩く親友のだれた声に苦笑いだ。
「さっきからそればっか」
「だーってさー」
すれ違った同じ年くらいの女性はノースリーブのワンピースだ。露出された肩や腕を太陽から隠すように黒い傘を炎天下の道路で差している。
「もーやだ。あっついよう」
ぼやきつつも親友の視線をちらりと追えば、後ろ姿をしばし眺めていたけれど、すぐに前を向いた。
「あれって涼しいの?」
「さぁ」
日傘の使用は双方ともに未経験だ。だけど。
「影になるんだから涼しいんじゃないの」
「俺も欲しい」
間髪入れずの早口に健二も同じように言う。
「来年の誕生日に覚えてたらね」
スーツの上着を腕にかけ、ハンカチで首元を拭っている男性二人ともすれ違う。休日出勤か、と思うが親友は一切の興味を示さなかった。
「ガチでかー。マイバースデープレゼントかー。……どうせくれるんならバイクのパーツとかくれよ」
真剣な響きをわずかに滲ませて佐久間が言った。
「来年の誕生日に覚えてたらね」
返す健二の言葉は同じだ。暑いのは佐久間だけではない。
先ほどの女性ほどの涼しそうな恰好でもなく、サラリーマンほど着込んでいない健二たちは年相応と言える。
佐久間は黒のスキニーパンツにタンガリーシャツ。ウエストバックを斜めにして背中にあって、頭に日よけのつもりか紺のスポーツタオルを乗せていた。健二はシンプルにデニムパンツにポロシャツ。ノートパソコンを入れた濃い緑の皮のトートバックを手に持っている。いくらメーカーが軽量化に苦心しているとはいえ、重たいものは重たいから右手と左手で交互に持ち替えている。
「はっはっは、なにその忘れられそーなフラグ。暑さのせいで健二がまともに取り合ってくれない。もう。太陽が全部悪い。もうちょっと遠慮してもいいのよ!」
「言いがかりにもほどがある」
木々の葉が地面に影を落とす。
太陽の光だ。アスファルトを熱し、そのすぐ上を吹く風も太陽とアスファルトの反射で暖められて温いが、ないよりはましだ。
道路沿いの店舗の多くはタッチ式の自動ドアを導入していて、ごくたまに運が良ければ冷たい空気の流れに少しだけあたる。
「そんでさ、聞いてなかったんだけどガッコなにしにいくの? 院生って研究三昧? それってすごく健二好きそう」
「好きだよ。だけど佐久間まで来なくてよかったのに。休み満喫すればいいのに」
健二は院生になった。卒業して企業に就職することも考えなかったわけではないけれど、学びたいことがまだあった。大まかにいえば、四年通った大学生活の延長線上にある。
対して佐久間は新社会人だ。今までと全く違う環境にいるのなら疲労も多いはずだろうに。
「さみしーこと言うねぇ。おまえの学び舎は俺の母校でもあるのよ?」
「ぼくの溢れんばかりの気遣いだろ」
半年ほどの時間があいている。
学生時代は顔を合わせることなど茶飯事だったのに、今じゃ休みの日の予定を合わせなくてはならなくなった。
変わったつもりがなくても、いろいろと状況は変化していて、取り巻く環境が変わるのならば、本人だって何かしらの変化があってしかるべきだ。成長に老化、変容。
社会人の休日と学生のそれは、長期休暇を除けば重なることが多い。佐久間は卒業後、働くことを選び健二は学び続けることを選んだ。小学校時代からの幼馴染とこうして道はわかれた。いつまでも一緒じゃない、これも変化のひとつ。
「ははは。知ってる知ってる。それならそれで言い方変えなさいよって俺からのリクエストを受け取るといいよ。で、何しに行くの?」
「え、あれ? 言ってなかったっけ? 書きかけのレポート見てもらいに行くの」
「今日遊ぼって言ったら教授んとこ行ってからねとしか聞いてないですー」
「じゃあ久しぶりに行こうかなって言ったの佐久間ですー」
三月に卒業したばかりで、久しぶりというほど時間はあいていない。
「って、レポート? なんの? 聞いてるだけで心臓きりきりするけど」
「ええとね」
自分でも迷っているタイトルだ。
「……人工知能の可能性? でも迷ってる」
「ふぅん、なんで?」
街路樹が途切れて、遮るものない太陽の独壇場になる。頭部がすぐに熱を吸収しだすのが自分でも良く解った。
「観点が甘い気がする」
そしてそれは弱点だと思うのだ。だから、相談をしに向かっている。天才ではないから努力をする。少しでも閃きがあったとき、それが一パーセントの本物なのか違うのかを見極める力は日々の積み重ねだろう。
「俺にゃ細かいことはわからんわ」
「だよねぇ」
畑違いだ。
「こんなんほしーと思って作ったりはするけどな」
「だよねぇ」
インターネットブラウザはすでに先発後発共にたくさんあるけれど、佐久間が自分のためだけのオンリーワンなプログラムを暇つぶしで作成していたことを健二は知っている。
「アイス、美味いだろうな」
佐久間の呟きに健二は同意する。
「そこのコンビニで売ってるよ」
緑色が特徴的なコンビニだ。ここを利用するとレンタルショップのポイントがたまる。
「健二お金ちょうだい」
「うん、まずぼくに佐久間の財布を預けてくれたらいいよ」
タオルがふりふりと横に振れた。首を振ったらしい。首の下で揺れる部分を結べば立派なほっかむりになるが、していないからセーフだ。
そのタオルで佐久間は額の髪の付け根を拭う。
「それにしてもさ、冷えたスイカ食いたくね? んで海行きたい。こっちはスイカ丸ごと持ってさ。スイカ割りは夢の塊だろ。粉砕しちゃろ」
「いやいや、夢を砕くの? 意味が分かんない。割るなら食べるとこ残しといて」
「おう。あとパラソル持ってサンダルであっつい砂浜歩くの。あー、でもそれなら川でもいいよなぁ。ごつごつした岩に、マイナスイオン。包まれたいわぁ。優しさに」
「マイナスイオンに優しさはないと思うんだけど。ていうか佐久間ならそこで女の子ひっかけるって言うんだと思ってた」
若干の不思議を問えば、真顔で返された。佐久間の背後の道路で行き交う車のフロントガラスが太陽で反射して眩しい。
「そんな現実的な答えを俺は求めていない癒し系健二になれよいますぐ」
「鏡見たら卑しい系がいるよ」
「ひどいな! あと、俺をなんだと思ってんの! 女の子とか! このくそ暑いときにそんなことを考える余裕あるわけないだろそりゃ高校んときは絶対外せなかったけどさ! 俺も大人になりました」
「でも女の子好きでしょ?」
今迄の言動を振り返り聞けば、大きく首を縦に振った佐久間が言う。
「当然だな。だけどな、そんな余裕もこの暑さの前じゃ溶ける。溶けちゃう。健二どうしよう、俺溶けちゃうよ」
道を歩いていると、憩の場とでもいうのか、少し開けたところがある。中央奥に噴水が見えて、涼んでいる人々と、ばしゃばしゃと遊ぶ子どもと見守る大人。そばには先ほど見たコンビニとはまた別の系列。だけど外から見る分、客の数はこちらのほうが多い。すぐに休憩できる場所が外にあるからだろう。
「そうなったら食堂のおばちゃんに言って冷凍庫借りてあげる」
休日だけれど時間さえ間に合えば食堂は開いている。
学校に到着さえすれば、もっと影は多いし、ゼミ部屋はクーラーだってある。
「ああ、なるほど。そん時は健二も一緒してくれるってことね。いやいやわるいな」
佐久間の心のこもっていない発言を右から左へと流して逃がし、件の冷凍庫を思い浮かべる。表に出ているものではなく、裏の業務用だ。人一人ならば軽く入ってしまう大きさに、様々な食材が冷凍保存されている。頼めば私物ですら利用させてくれる時があると、氷をしょりしょりとゼミ室で手動のかき氷機を使いながら先輩が教えてくれた。氷の出処は言わずもがなである。
「むしろかき氷食べたい」
「えっ凍った俺が食われるフラグがたった」
想像して鳥肌が立った。グロテスクだ。
「へし折るよそんなの」
「どうぞどうぞ」
俺だって食われたくないもん、と佐久間が笑った。
「今までずっと通ってたけど、学校って遠いな」
「そう? ああ、駅近なんだよねオズの本社って」
健二は今まで一度もそう思ったことがなかったから首をかしげる。
「そう。地下で繋がってるからあんまり暑くもない。高校んときからバイトしてたおかげで就職戦線に出なくて良かったのはいんだけど、慣れてるからってがんがん仕事まわしてくんのやめてくんないかなぁ」
嫌そうにしながらも、どこか嬉しそうだ。健二だって高校時代アルバイトしていた会社だ。あまり大したことはしていなかったけれど、世界を覆うようなシステムに携わっているのはどこかで誇らしい思いがしていたし、だから佐久間の気持ちも分かる。
「末端の末端の末端から本社勤務とか。その調子で偉い人になって将来的にぼくを紹介してくれたらいいと思う。すごくいいと思う」
「はんっ、そうなったら顎で使ってやっから覚悟しとけ! でもまずはこの三か月乗り越えるところからなんだよな」
「三か月?」
「うん。今、ちょー忙しいよ。九月一日サービス開始のプロジェクトメンバーなんだけど、あ、もちろん一番下っ端ね、俺。それの準備が半端ない」
オズの新しいプロジェクト。
「あれ? そんなのの告知出てた?」
公的機関も利用しているオズシステムは、毎日何かしらのニュースがリリースされている。だから全部を知っているとは到底思えないのだが、佐久間の話しぶりでは大きな企画のようだがら知らないのはおかしい気がした。
「ううん、出してない。最悪延期とかも考えられるし。予定通りに行きたいからみんな必死よ。言ってしまえば内々なもんだしなぁ」
何をしているのか見当もつかないが慌ただしくスケジュールされているのは解った。
健二が佐久間の業務が分からないように、佐久間だってそうだ。そしてそれで互いに問題がない。
「あと、個人的なことを言えば、キングのイベントが一日にあるからナマで見ようと思ったら仕事終わらせなきゃ話になんないんだわ」
「ああ……好きだよね、マーシャルアーツ」
オズで展開されている格闘競技の一つだ。異種格闘技の体をなしている。
「おう、いつ見てもキングかっこいい惚れるやばい」
着替えとタオルが入った透明なナイロンバックを持った子どもたちのグループとすれ違う。大きな浮き輪を首飾りのようにして持ち運んでいる。汗で額に張り付いた髪に、暑さで真っ赤になった顔、けれどそれらすら楽しいのか不愉快さを含んでいない笑い声。
近くにプールでもあるのだろうか。通い慣れた学校までの道だが、そういった覚えは特になかった。
駆け抜けた子ども達の後ろをゆっくりと、けれど、騒がしさでは子どもたちに負けていない母たちが歩いて行った。
「佳主馬くんに言えばいいのに」
四つ年下の男の子。
オズ内での格闘技であるマーシャルアーツで君臨していた過去を持つ。今はフリーのファイターだ。
「ばっか照れるだろ」
コンクリートとアスファルトで上空以外を閉ざし、きっちりと整えられた花壇と植え込みに背の高い街路樹。
広いとは言えない空が見えていて、色は青。太陽を隠す雲は見えないけれど、立つ位置によってビルが太陽を隠す。並木は彩りを与える程度のものでビルとビルの間や道路の端で立ち並ぶ。人は太陽よりも地面に近いから、アスファルトから立ちのぼる熱は上昇しながら人にまとわりつく。コンクリートジャングルと誰が言いだしたのか興味ないが、上手いことを言う。それのお蔭で東京の空は狭いというのが健二の率直な意見で、だがしかしこれはこれで悪くない。
「そういやさぁ」
七月の初旬。
気温は日々上昇の気配を見せているのに梅雨はまだあけていないらしい。太陽が空の主役を張り燦々と熱を景気よくばらまいている。
「なに?」
服をぱたぱたと動かし、中の空気を循環させる。少しだけマシになった気がするが、こんなものは感覚の話だ。
あけていない梅雨と、夏らしい天気。夏の盛りは暦の上ではまだのはずだが遠の昔に兆しを見せだしている。
暑くて嫌にもなる。曖昧を大いに含む季節替わり。季節感の希薄さ。
けれどまぁ、悪くはない。それがこの場所での夏だ。
「今年も夏希センパイんち行くわけ?」
境目がぼやけていると認識したのはあまりにも鮮烈な夏を知ったからだ。歴史のある武家屋敷と、そこで過ごしたひと時。
尋ねられたことに、去年のことが思い浮かぶ。
軒先の風鈴の軽やかな音は涼しさを奏でているようで、夜は小さな生き物たちが静かに音を響かせる。そういう場所があるのだと知って、帰る日に寂しさを覚えた郷愁。
「ああ、行くのね。そうなのね。上田。戦国武将のお膝元ね」
「まだ何も言ってないのに」
「見りゃわかるっての。なにその顔。すげーうれしそ」
両親ともに東京育ちで、親戚も居ない。夏の帰省ラッシュという言葉があるが健二には縁遠いものだった。
「いいなぁ。涼しいんだろ。夏樹センパイとは結局なんでもないくせにな」
なによりも、知らない人とのコミュニケーションを苦手としていたのに、それすらを覆す自身の変わりように驚いたこと。家族ともいえる人たちが多く集う場所。
「友達だもん」
「だよなぁ。どうみてもそうだもん。甘酸っぱそうなのって、ああ、最初の時だけ……あったなぁ。おまえら、彼氏彼女じゃダメだったんだよな」
しみじみと佐久間が言って、健二は戸惑いながらも頷いた。その通りだったからだ。自分たちは、結婚を先に見据えられるような関係ではなかった。恋愛と一言で言える関係を結べなかった。共にある幸福を想像できなかったから、より良い関係に落ち着いた。
「でも、これでいいと思ってるよぼくは」
困ったときや悲しいときにそばにいること。だけど、先輩が嬉しさや楽しんでいるときにそばにいたいと思えなかったこと。
「俺もそう思ってるよ」
「あっそ」
佐久間に否定されようとなんだろうと意見を押し通すつもりが、肯定されるのは嫌ではない。
「どのくらいお前と付き合ってると思ってんの」
そう思っていたことを察知したのか、ため息と共に言われた。
「はは……」
「あ、キングは? 今年受験だっけ。じゃあ夏休みは缶詰? 俺もついこないだの気がするのになんで仕事やってんだろ」
年に一度、上田で会うはずだった子どもはいつのまにか少年になって、青年になろうとしている。そして気付けば年に一度だけだった顔合わせは、佳主馬が東京に来るということで何度となく会っている。
春休みに上京してきた佳主馬に言われたことは。
「あー、あのね後輩になるかも、だってさ」
時折、意味ありげな視線を向けられていることを健二は心の隅へ仕舞い込んでいる。意味が解らないからだ。
「うひょー。ガチで。なにその文武両道。神様って不公平じゃね? 世の中みな平等じゃねぇの?」
「格差社会だねー」
「ヒエラルキーなんて滅べばいいのに。キングなんてぶっちゃけ健二大好きっ子なのにさ」
「ぶ」
驚いた拍子にむせた。
「ちょっ、ごほっ、まっ、ごほごほッ」
「お前が待てよ、ほら落ち着けってば。今更何にびっくりしてんの?」
何度か咳を繰り返し、喉の調子を整えた。多少のひっかかりを覚えたまま話し出す。
「……ごほ、だって、佐久間が」
「俺がなによー? ちょっと見てたらわかるよ?」
小首をかしげる様が全く可愛くない。
「……それってさ、……家族、みたいに?」
「んー? そりゃそうじゃねぇの?」
飄々と、佐久間がそれ以外になにがあるの、と答えた。
家族。だけどもそれは。
佐久間から見ても、佳主馬は健二を慕っているように見えるのだ。ひどく居心地の悪い、あの視線をそうだと言ってしまっていいのだろうか。
兄のように?
健二が佳主馬のことを弟のように、と思うのならばまだわかるのだ。兄弟もいなかったし、慕われること、それも年下から無条件に近く、なんてこと、今までになかったから。けれど佳主馬の兄的存在ならば陣内家にはたくさんいる。
では、家族のように?
健二が知らぬだけで、家族をあんな瞳で見るのだろうか。時々、恐れすら抱く瞳だ。爆弾の解除を一人でヒントもなくしているような心地にもなる。赤と青のコードは、どちらかが平穏で、どちらかが不穏。
大好きって、どういう意味。
抜けない骨のように抜けず、しかし、堤防の決壊を防ぐ子どもの腕のように、健二は迷う。
もう一歩踏み込めば式の答えが出そうなところでずっとたたずんでいる。
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