よるの鈴

 

 

 どうにもこうにも、居心地が悪い。

 不意に目が覚めて、そう思った。
一瞬前まで夢もみない眠りについていたのに、ぱちりと目が開いた。月の光が紛れた暗闇に天井が浮き立って見える。だが、さながら何かに呼ばれたかのような目覚めなのに人の気配はなく、あるのは悠然とした自然の広がりを感じるだけ。ざざざと葉がこすれ、りりりと鳴き続いている。
 誰もいない。
夜遅くに帰ってきていた母は、一年とすこしばかり前に体調を崩し長く寝込まずに呆気なく侘助のそばから居なくなった。不幸中の幸いとひそひそと交わされていたことを知っている。
母を思い出すことはあっても涙することは減り、だからこそ、侘助はこの大きな家でいささか途方にくれる。けして邪険にされたりはしない。だけども、己の出生は好ましいものではないと悟ったからといって何かが出来るほど大人でもなかった。
 ごそりと動いて寝返りを打つ。何時かは分からないけれど、外はまだ暗い。まだ眠っていいはずだ。
 昆虫が幾重にも鳴いて、風のざわめきがそれを追いかける。いつもどおりなのに、なにか、違う。なにがだろう。普段よりも様々な音を拾っている気分だ。
 夏は自室のある二階よりも納戸のほうが涼しいから布団を持ち込んでいた。
母が亡くなって、父の妻が侘助を引き取るまで住んでいた木造平屋のあまり綺麗でないアパートも深夜は静まり返っていたけれど、だけどこんなにも夜を意識させることはなかった。侘助の知っていた夜の空気は、こんな溢れそうな静けさは持っていなかったように思う。
 軽い夏の掛け布団から身を起こし、開けたままの引き戸より庭を見た。夜の空気がひたひたとそこらかしこに漂っている。暗がり、広がり、さえざえとした月光が際立ち、だけどそれを見ているのは侘助だけだ。
誰も彼もが眠る深い夜。
大きな屋敷は、だからこそ人が遠い。
 夜の冷たさを纏う風は昼のものとは別物だ。だが、夏だ。暑さは完全に追い払われたりはしない。
喉が渇いたと思い立ち上がる。眠気は訪れそうにもない。
冷蔵庫の麦茶を飲んで手洗いにでも行けば、この妙な居心地の悪さは払拭されるだろう。
昨日と似ていて、だけど、違う。こんな気持ちになったのはおそらく初めてだ。困惑する。得体の知れなさは恐怖をも伴う。理解できないからだ。
 廊下に足を踏み出した。みしりとわずかに軋んだ。引き戸を挟んで向こう側、室内とはまた違う有の空気に包まれる。繋がっているのにそこに明確な境があった。
 暗いけど明るい。暗闇だと思わないのは星が光っているからだ。見上げればまん丸の月が浮かぶ。雲がなくてくっきりとしている。
 星座の並びを理科で学び、それは夏休みの宿題にもなっていたからついでに良く観察する。
夏の大三角。季節外れの、織姫彦星、彼らを隔てる星の川。白い瞬きだ。地球は太陽系に属し、太陽という恒星に程よく近い。陽光を反射して月が輝き、発光する星は全体で見るとほんのわずかのはずだ。
 そうしているうちに妙な胸騒ぎはすっかりどこかへ行った。
たぶん、珍しく変な時間に目が覚めたから居心地が悪かったのだ。夜は誰もが眠る。侘助にまとわるハヤテだって例外じゃない。たたずむ小屋のほうを見てから、流れるように遠くへ視線を投げた。
 山が背後にある屋敷にも慣れた。おなじ市に住んでいながら随分と違うものだと思ったが慣れれば目新しさは消えた。季節を問わない朝夕の冷え込みに最初は驚いたがこちらも同じだ。
だから遠くを見たとはいえ、暗がりに目をこらすだけのはずだった。
「……え?」
 確かにそこにはいつもどおり木々が茂る山があった。月明かりを頼りに、存在の重みを誇示しているようだ。
だが、中腹あたりに揺れる光があった。赤みのかかった揺らぎは一つだけではない。それがなお一層、山を暗く重く見せる。
 懐中電灯の明かり、だろうか。浮かんだのは夜行性の昆虫だ。カブトムシやクワガタをターゲットとした虫採りは深夜に行われる。侘助も引き取られてから何度か歳を同じくする親戚たちと一緒に出かけて行ったこともある。
でも、だけど。
「え……。なんだあれ」 
 だけども、そうだとするなら、明かりは一つないし二つ、多くても五つもあればいいだろうし、限られたスポットを隠すためにそうそう光を上に向けることはしてはいけないと教えられた。
侘助の持つ知識は、この辺りに住まうものなら誰でも知っているようなものだ。
しかも、なにも知らぬものが深夜、虫を採るために山へ入るだろうか。
「に、じゅう、……ご、くらいか」
 ざっと数えた。横へ揺れたと思えば上へ揺れる軌跡は鮮明だ。ぼやけない。懐中電灯は、ああいう照らし方をするものだっただろうか。まるで行列。どこかへいくための連なり。
 息苦しさがひどくなった。乾きが酷くて喉がねばついて、くっついているようだ。
ざわぁっと風が吹く。それが侘助を通り過ぎる。かたんと障子が音を立てた。
「……??っ」
 勢い良く振り返った。
 風通りをよくするためか、障子は塞がれていない。だが部屋のしきりである襖は閉じられているから狭い。それでも侘助が以前暮らしていた家の一間よりも広い。
暗いのは、外だけではなかった。
 空間は夜に浸されている。夜の明かりは屋根で遮られている。侘助の影はうっすらと廊下に映されている。
侘助が立つ場所から始まるすべてがたちまち知らない家だ。ここは誰の家。
 心臓が早い動きを見せている。どくどくどく。
 一人でどうにかしなくては。侘助以外、誰も居ないのだから。
 行くあてのない自分を引き取ってくれたのだから感謝しなくては。だって頼れるものは侘助を残していなくなってしまった。
 頼ってはいけない、迷惑をかけてはいけない。ここに居てもいいのかな。
 繋がれた手は暖かくて嬉しくて握りしめたらあの人は同じようにしてくれた。心細さはその手のひらに握りつぶされた。ここに居ても良いのかな。
 息を詰めて部屋を見つめ、そのままそろりと動き出す。
戻ろう。眠ろう。けたたましい蝉だって夜は眠る。昼に起きているものは夜は眠るべきなのだ。
 落ち着きを取り戻すべく大きく深呼吸をし、夜の空気を取り込む。
起き抜けに覚えた汗は引いていて、夜風にあたったせいか体は冷えかけている。
脈打つ心臓の音だって、聞こえなくては駄目だろう。侘助はここにいるのだから。当たり前のことだ。夜は暗いのだから明かりは必要だし、明かりを必要とするのは人間だ。だからあの光のもとには人間が居るに決まっているし、そうでないわけがない。当たり前のことだ。たどり着いた思考の到着点に満足し、来た廊下を戻ろうときびすを返したところ肩をぽんと叩かれた。
 叫ぶか走るかどうするか。
「こんな夜中になにやってんのあんた」
 迷っていた隙間に不思議そうな声音は自分よりも二つ程上の少女のものだ。声が脳に届いて、体の力が抜けかかった。だが持ち直す。喉の不調が偶然にも良い結果をもたらした。
「侘助も腹減った?」
 肩に置かれた手をゆっくりと辿ると人差し指で頬が刺された。眉を寄せて理一の手を振り払う。隣にいる理香はなにか大きな袋を持っていた。
 胃に入っていた酸素を全て吐き出す。
「なに?」
「なんでもない」
 払った手で額に触れるとじわりと汗をかいていた。いや、怖くなんかなかったし。ちょっとびっくりしただけだし。
「ふぅん? あ、おなかすいたら寝らんないわよね。わかるわかる。侘助いいとこにいたわー。部屋に戻ろうと思ってたんだけど、あんまり上でうるさくしたら母さん起きちゃうし、かといって寝てるあんたのとこに押し掛けるわけにもいかないしで、どうしようかと思ってたのよ。ねぇ理一」
 理一は小脇にペットボトルを二本抱えていた。
「ねえちゃんこんなとこで喋ってるからハヤテ起きてきた……」
 しっぽを降ってハヤテが縁側から見上げている。
「番犬なんだからいいじゃない」
 丸い眼は遊びにでも誘ってくれるのかと期待に溢れていた。侘助はしゃがんでハヤテの顔全体をなで回す。前足が縁側につけ、後ろ足で立ち上がり、もっと撫でろと頭をすりつけてきた。濡れた鼻は冷たい。
「で、ジュースが足りないわね、理一」
「取りに戻ればいいんじゃ」
「うん、そうよね。だからあたし侘助と行ってるから」
「ねえちゃんまじで」
 ハヤテの頬をひっぱりながら侘助が姉弟を見上げた。
「だからって意味わかんねぇ」
 だが気にした様子もなく追い払う理香は強い。
「ほら男の子でしょ行った行った」
「横暴だ……」
 弟が姉の言うことにたいした抵抗を見せないのは慣れているからだろう。もう何度もそういう光景を見ていた。
理一は持っていたペットボトルを侘助に渡し、静かな小走りで暗い廊下の先へ行った。行き先はおそらく台所だ。
 一緒に食べるなどと答えた覚えはないが、なし崩しに決定したらしい。
 見送る侘助に、理香がにこにこと笑って膨らんだ袋を見せた。菓子パンとスナック菓子。
「お菓子はあんのよいっぱい。ほら」
 がさりとしたナイロンの音にハヤテが耳を立て、ふんふんと嗅ぐ。
「あ、お前は食っちゃ駄目だわ、体にわりぃから」
 言い聞かせるようにハヤテの眼と近くしたが、ふいっとハヤテが後ろを向いた。何があるのかとつられて、しまったと思ったときにはもう遅い。ハヤテは山を見ている。
「……増えてるし」
 侘助にしっぽを見せるハヤテは、警戒しているようでもあるし、それを見送っているようでもあった。ゆらりゆらりと遠くへ近くへ。
 なんなのか分からない赤い光はまるで提灯みたいだと侘助は思った。仏様の、明かりだ。





 一人分の布団を敷くだけで手狭になる空間に子どもとはいえ三人居ると、狭さに拍車がかかる。
 もともと物置として使っていた空間だ。物置であるからにはこの部屋の主は普段使わないものたちで、それらを横へ押しやり一人分とはいえスペースを作ったのは侘助が掃除を頑張ったからだ。理香は整理されてゆくものたちを物珍しげに見ていただけだし、理一はいつのまにか一緒に片付けていた。
 彼らの垣根のなさは屋敷に訪れる来客の多さに由来していると推測した。
近所に住むおばさんは遠方に住む娘から珍しいものが届いたからお裾分けだといって訪れては栄や万里子としょっちゅうやかましく話していたし、冬に向かう秋頃にイノシシを狩ったと犬を連れてやってきたおっちゃんの軽トラックの荷台を見て山に住む生き物の大きさに驚いたりもした。あとで丁寧に血抜きされた肉を食べたが獣臭くはなかった。そう言うと新鮮だからですよと万里子が笑った。父も母となった人も笑った。それは不愉快じゃなかった。
ほかにも高級車と一見しただけでわかる車を誰かに運転させてやってくる落ち着いたたたずまいの老人へは栄が先生と呼びかけてはいたが態度はへりくだっておらず不快ではなかったし、ときには警邏中のおまわりさんだってパトカーを下道に停めて顔を見せに来る。
そのときに侘助が屋敷に居れば、紹介をされた。
客と言えば訪問販売の類いがほとんどだった侘助は、そういうふうに陣内とはどんな家なのかをおぼろげに形作った。
 侘助が眠っていた布団はとりあえず畳んでスペースをあけた。板間で車座になって座り、その中心にはポテトチップスが開けられている。持っていたジャムパンや二食パンはすでに分け合って胃袋におさめられた。思っていたよりも美味かったが、目の前の二人はまだ食べ続けていた。ポテトチップスうすしお味。コンソメは既に空で、ゴミ入れとなったナイロン袋に放り込まれている。
 一向に手を伸ばそうとしない侘助に理香が尋ねた。
「食べないの?」
「いらない。……良く入るなおまえら」
 元々覚えていたのは空腹ではなく喉の渇きだったから、理一が持ってきてくれたペットボトルはありがたく半分ほど飲み干していた。しゅわしゅわと喉ではじける炭酸は好きだ。
「だから腹減ってんだって。あれ、んじゃ何してたの?」
 理一が指を舐めながら聞いた。ついでボトルの蓋を開けて飲む。
 何をしていたか。
 侘助が感じたことをどう言えばいいのか見当がつかなかった。端的に言えば、山に明かりが見えただけのことだ。それをこんなにも気にしているのは目覚めが妙に静かだったからで、だがしかしそれだけといってしまえる些細な日常に過ぎない。
 納戸から見える庭は暗い。月や星が光る夜だからだが、こうこうと灯る照明のおかげで暗さは薄い。たまに蛍光灯に誘われるのか、羽虫が飛ぶ。手で払うが、夜行性の蛾だけは理香がすぐさま退散させていた。
 夏の小さな大敵、蚊は庭の水鉢の住人であるメダカによって捕食されている。蚊は水棲の植物に卵を産みつける。メダカは水に住みそれを食べる。卵が先か鶏が先か。だがしかし、卵がなければ鶏だって生まれない。
「変なの。狐にでも化かされた?」
 時折吹き込む風は肌を冷やす心地よさもあるが、同時に少しだけ得体の知れなさを含んでいるように思えた。
山のほうから降りてきているのか、山へ向かうのか。
「は?」
 ぱりぱりとポテトチップスを食べながら理香が指を指す。
「だってそんな顔してる」
「……どんなんだよ」
 さされた指を横にのけたが、理香は気にもせず理一に目線をやる。
「鏡もってきて」
「自分で行きなよねえちゃん」
 今度は侘助へ顔が向けられる。
「ここにないの」
「ねぇよんなもん」
「んじゃちょっと鏡見てきたらいいんじゃない。トイレとかさ」
「ふっざんけんなやだよぜってぇやだ」
 即答だ。今日は無理。トイレへ行こうと思ったら広間を横切る。そうすると自分は見るだろう、山のほうを。しかも今度こそ一人で。着いてきてと言えるわけもない。
 困惑したように理一が言う。
「……んー、どうしたわけ」
 聞きながら侘助が飲んでいたペットボトルに口をつけた。理一のそばにあるボトルを見ると空だ。理香はこっそりと自分の影に隠している。
 別に隠したいわけじゃない。かといって話したいわけでもない。しかし促されれば口がすべってゆく。侘助が覚えた感覚を、もしかすると誰かに聞いてもらいたかったのかもしれない。
「山が」
 言いかけて思う。ここいらの者ならばしないことでも、里帰りをしてきている子どもが強請れば考えられないこともないだろう。多少無理がある結論だが、納得はできる。夏だから虫取り。
「やま?」
 だから別に怖がることはない。どうでもいいことだ。言いよどんでいたが、そう思うとするりと続きを言えた。
「そう。光ってた」
 言い切るとすっきりした。話しを聞いてもらうというのは、なかなかの安定を呼び楽になった。
「とうとう発光する山が身近に。ゴジラとか出てくるかな」
「……俺んなこと言ったっけ。光ったら出てくんの? そいつ。てゆーか、山が光ったら怪獣かよ」
「竹だとかぐや姫ね。いつ生まれるんだろう」
「ねえちゃんなんでそんな楽しそう」
「え、夏休み劇場でやってたからよ。モスラでもいい。モスラ」
「蛾じゃん、あれ……。ねえちゃん嫌いなくせに。俺はいやだからね。ゴジラもモスラも。あっでもかぐや姫なら捕まえるよ。侘助のはあれでしょ。今日の昼に雨ふったじゃん。ぱらぱらだったけど。それでしょ。狐の嫁入り。だから狐火」
「なんだそれ」
 知らない言葉に尋ねると、茶化していた理香がくるりと眼を瞬かせた。
「あら、侘助知らない? 太陽出てたのに雨ふるのは嫁入りなのよ狐の。それで出迎えが狐火。お山に渡るのよ、雨で。空と地上が繋がるでしょ雨のおかげで」
 当然のように目の前の姉弟は語る。
「数はその時々。追いかけても捕まえらんないし、近づいて来ても近くはない」
「きつねのよめいり?」 
 侘助は、見ていた光景を脳裏に描く。夜の暗闇、ぽつぽつともる光。
市内から離れた場所に住まう陣内家に伝わる昔話だろうか。
「そう。あ、今日も出たのかぁ。だからあんなとこで突っ立ってたのね」
「別に怖いもんじゃないから。ただ変なだけで」
「そうね。気になるんなら理一と山、行ってきたら? あたしはしんどいから行かないけど」
「明日にでも行く? でも今見たんなら今からのほうがいいかな。んーと、たぶん、朝までに戻ってこれるし」
 とんでもない提案に躊躇することなく拒否を叩き付けた。
「俺の体力をなめんなよお前についてけるわけねぇだろあと誰が行くか怖いに決まってんだろ!」
 本音も少々こぼれでて、きょとんとしたあとくすくす笑われた。ちょっと気恥ずかしい。
「侘助うるさーい」
「母さん達起きちゃうよ」
 耳をふさぐ真似をする理一に、けらけらと理香が笑い、背後の畳まれた侘助の布団に倒れこんだ。
 ごちゃと感情が上手く整理できず機嫌が傾く。姉弟は仲良く布団になついている。外は暗く少し肌寒いと思ったら、あくびがこみ上げた。だが一回目で眠気を覚え、二回目でそれを退散させようとし、三度目で無理だと思った。夜も更けた。腹もふくれた。疑問も解決した。
「眠い?」
 そうだと素直にいうのも癪に障る。結果、ぶっきらぼうになった。
「……もうどけよ俺寝るから」
「え、なんで?」
 心底分からないという理香に言葉を失い、彼女を指差して理一を見るが諦めたように首を振った。だけど、侘助は諦められない。だけど、口で理香に勝てると思わない。というか、無理だ。なので黙って実力を行使する。つまり、無理矢理ひいた。理一は要領よくスナックや飲物を持って脇へ退いた。敷き布団にのしかかられた理香は這い出し、転がっていた枕を確保して侘助が敷いた布団で寝転んだ。
理一は理一でさっさとゴミと菓子をまとめて理香の横へ行き、となると、残る場所はその隣しかなく三人で布団の上で横並びで、川の字だ。
 こうなったらこの姉弟は人の言うことなど聞きやしないと知っている。足下に蹴られた掛け布団を理一が引っ張ってくる。侘助は電気のスイッチへ手を伸ばし消し、端から侘助がもぐりこんだ。足は当然、全員板間にある。理一が半身起こし、全員に渡るように軽い羽毛の掛け布団でおおった。
 寝やすい体勢にすべく寝返りを繰り返していると、理一が言った。
「ちょっとそっち詰めてよ」
「いや俺これ以上いったら出るから。節々痛くなるからヤだ」
「ねえちゃん寝相悪い」
「しっつれーねあんた」
 聞いて少し考える。狭い布団になった理由だ。
ざまあみろ。
そう思ったが少しだけ横にずれてやった。

 今は眠っているだろうけど侘助の手を優しく握ってくれた人が居て、知らない家だったこの場所はすこしずつ侘助の家になって、だけどそれをなんと言えばいいのかわからないけれど、侘助はここが好きだった。

 

 

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