ようこそ○○!!

 

 

 リビングの扉を開けたところ、ガタンっと重たい手応えを感じて佳主馬は首をひねった。
出入りを塞ぐようなところに母が物を置くように思えなかったからだ。おぼつかない足取りの妹を思えば尚更。
「あ、佳主馬おかえり。そのまま押してちょうだい」
 途中で止まったことに気づいたのか、聖美が水を流しながら言うのが聞こえた。時間的に夕食の準備だろうと思う。
 カッターシャツの首元を緩めながら言われるまでもなく半分以上あけた隙間からリビングへ滑り込んだ。
障害物の正体は段ボールだった。身長の半分程度で、それなりに重たい。
足でそのまま蹴ってずりずりと横へどけると、妹が子ども特有のよたよたとした歩き方で近寄って来てそれをぺたぺたと手で叩く。
「ただいま。……これなに?」
 足元に座り込んだ妹の頭をかがんで撫でる。
「おかーえー」
 自分と良く似た髪で、けれど小さくて頼りない物に思えた。佳主馬を見上げてにっこりと笑う姿は上機嫌である。
「何度戻してもそこに持っていっちゃって。お兄ちゃんにって届いたのよねー?」
「ねー」 
「え? あ、ほんとだ」
 品名はぬいぐるみ。
送り状は確かに佳主馬宛で、依頼主はスポンサーの一つ、とある玩具メーカーだった。
「かずにぃ、いっしょにね。いっしょ」
 小さな手でズボンを引っ張られて、意識を妹へ向ける。
「一緒? ああ、一緒にあけような」
「お兄ちゃんが帰ってくるの待ってたのよねー」
「ねー」
 濡れた手をエプロンでぬぐいながら聖美がカウンターから出て来た。
「それにしても大きいわね。ウサギのぬいぐるみ?」
「さぁ……電話する」
 話しているうちにも妹はぷにぷにとした指を伸ばしてガムテープを剥がそうと頑張っていた。つたなく動く様子は可愛い。佳主馬の弱点の一つだろう。兄バカでいい。シスコンバンザイ。年の離れた妹は眼に入れても痛くない。
 携帯を取り出してスポンサーの番号を探してかけつつ母に一つ頷いてみせると「お願いね」と小さな声で言ってキッチンへ戻って行った。
小さな子どもは何をするかわからないから眼を離せないものだが、妹を見ているくらい電話しながらでもこなせる。いざとなれば電話は切ればいいのだし。かけ直せばいいのだし。欠けるものでもないのだし。
 数コールもせずに繋がり、担当者を呼び出してもらった。落ち着いた女性の声が応対する。
『どうもお世話になってます』
「こちらこそ」
 答えて妹の横へ座る。段ボールを封していたガムテープを美佳が両手で剥がしていく。だが箱のテープよりも手に張り付いた千切れた小さなガムテームのほうが強敵のようだった。苛立ったように振ってもとれず糊は強敵だ。ガムテープでコーティングされたかのような両手。まだ開封されそうにもない。
『今日はどうされたんですか? 珍しいですね、電話。あ、もしかして届きました?」
 真剣な眼差しで向き合っていたが、諦めたように佳主馬に手を伸ばし、取れと暗にねだる。
「届きましたけど……」
 電話を肩にはさみ、自分で剥がそうとしているうちに逆にしっかりと張り付くことになっている茶色の粘着シートを取って丸めた。
邪魔なものがなくなった手のひらを眺めて満足そうに微笑み、横に居る佳主馬を見た。
「これ、うしゃぎさんー?」
 電話中のため答えることが出来ず、軽く頭をわしゃっと撫でると嬉しそうに笑った。
『以前、何かアイデアないですかってお伺いしたと思うんですけど、覚えてらっしゃいます?』
「アイデア?」
『オズと連動した、だけどうちらしさを出せる商品開発の。池沢さん、スクリーンショットまで送ってくださったじゃないですか』
 美佳が剥がすテープの残骸を受け取る。まとめてフローリングへ置いた。だんだんと大きな塊になっていき、もう少しで全部なくなるといったところで気がせくのか無理矢理こじ開けようとするが、当然、力が足りない。手伝うと呆気なく開いた。
 スクリーンショットは一度、確かに送っている。半年以上まえのことだ。
 べこんっと勢い良く箱を開いて、中に詰められていた緩衝剤を引っ張り出し投げる。受け取る。ガムテープの塊をそれに貼付けた。
「ああ」
『思い出されました? よくも悪くもうちは老舗ですからなかなかネット、オズに馴染めなくて。池沢さんにアドバイスいただいて良かったです』
 アバターのぬいぐるみを作ってみてはどうかと言ったのだ。
グッズ展開をされているような佳主馬や、ほかの有名なアバターのぬいぐるみなら良く見かけるがそうではなく、分身とも言えるアバターを。おりしも妹も生まれていた。
 これからもオズはなくてはならないものだろう。
そしてオズで活動するにはアバターが必要である。これから生まれてくる子ども達は尚のこと、自身だという思いが強くなる。これからさきずっと付き合っていくのだから。
仮想空間に存在する自分を模したぬいぐるみは、つまり現実世界でもアバターとともにいることの出来るアイテムとなる。
それを、子どもの誕生を祝い親が贈る最初のものとしてどうですかと提案したのだ。特別、という言葉を添えて。そうなると稚拙なものではなくこれ以上ないくらいの精巧さを求められるが、相手は老舗企業だ。餅は餅屋で、そこは佳主馬が気にするようなことではなかった。
 箱を支えに妹が立ち上がるのを支えた。
「うっしゃぎさーん」
 両手を箱にいれ、ぬいぐるみを引っ張り出そうとするので、今度は一緒に動いてしまう箱を捕まえ固定する。
妹は佳主馬のぬいぐるみが送られて来たと信じて疑っていない。
『もう見られました? なかなか上手く出来たんじゃないかと現場は言ってましたよ』
「……あっれぇ? けんにぃだ。かずにぃ、ねー?」
 美佳が引きずり出したリスは床に伸びた。美佳の様子を不思議に思ったらしい聖美が疑問を投げる。
「どうしたの、あんたたち」
「けんにぃ、だよー」
「あら? カズマじゃなかったの」
 美佳が抱き上げるには大きく、抱きつくにはちょうどよかった。
リスの頭を持って持ち上げるとぬいぐるみの目が佳主馬と一直線の位置に来る。足元で美佳がそれに両手を伸ばし飛び跳ねた。
 ぬいぐるみを一回転させて形を見る。多少実物よりも頭が大きいように感じるものの、よく出来ている。
「すごい」
 思わず漏らせば、笑いを含んだ声が返って来た。
『前後左右上下の画像があったから成形はしやすかったみたいですよ。逆に悩んだのはサイズだとか。3タイプ作りましたので』
「みっつも」
『ええ、とりあえず。子どもって成長しますから。いくつ作るかはまだ決まってなくて」
 箱を覗き込んだ。残っていたのは残り二つ。美佳が取り出したのは一番大きなタイプだったようで、確かに二体、黄色のリスが入っていた。どんぐりを抱いているものと、佳主馬がアイデアと画像を提供したからかキングの格好をしているもの。それから小さなストラップが二つ。
「ストラップは?」
『ご両親がいつでもお子様を想えるように、とか……』
 袋にはいったままのそれゆらりと揺らせば、ちゃらりと金具が光る。素材はやわらかそうだし簡易ではないが、少しひっかかる。
『あ、よろしければすべて差し上げます。可愛いリスさんですね。お友達のアバターですか? 妹さんじゃないって仰ってましたものね、池沢さん。実は書類も同封させていただいておりますので、そちら記入して返送してくださるとありがたいです。メールでも構いませんよ。今後の参考に』
 書類、と言われて箱を探ると会社ロゴの入った封筒を見つけた。ダンボールの底にきちんと入れ込まれていた。
「いつまでです?」
『出来るだけ早いうちに。色々と協議すべきこと多いですし。ではまた何かありましたらご連絡ください。ありがとうございました、失礼します』
 親しみを込めた挨拶を交わして電話は終わったのを見計らって聖美が佳主馬に聞いた。
「なんで健二くんの人形なんて作ったの?」
「けんじにぃ好きだからリスしゃんもすき!」
 キングカズマと同じ格好をしているリスは美香が抱きかかえている。
「良かったね」
 子どもに人形は良く似合う。可愛い。目を細めるとまるで父のようだ。
「ちょっとね、スポンサーの人にアバター作ってみたらって言ったんだよね。それがこう」
 ただ、本当に送られてくるとは思っていなかった。
「あんたの人形じゃなくて?」
「だって僕、もういっぱいあるもん。それにちょうどそのときお兄さんと話してたから。つい」
 リスとウサギが写っているスクリーンショットならたくさんあった。
スクリーンショットを撮るのは、写真と同じ。思い出を残しておきたいからだ。楽しいこと、嬉しかったことをあとで見て思い出せるように。
佳主馬のパソコンにはそうやってたくさんの思い出が記録されているようになっている。
親族のようなひとだ。相手は東京で、自分は名古屋で、オズでは隣同士。届かない距離で、けれど、佳主馬はそれでいいと思った。憧れてやまない存在。焦がれるのはそうなりたいからだ。どうしようもなく。
 母が差し出した手のひらにストラップを載せる。
「これは健二くんにあげる? 美佳はまだ携帯持ってないから」
 夏の暑い盛りを過ぎてから生まれた妹は二歳になったばかりだ。
「あー、そうだね。夏にまた上田で」
 美佳はぬいぐるみに囲まれてご満悦ににこにことしている。
「あんた、ほんとに健二くんに懐いたわね」
 言われて首をかしげる。
何をいまさら当然のことをと思った。




 

 

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