変わる瞬間など一瞬だ

 

 

夏希が偽って本家にまで連れてきた彼は、いつのまにか人気者になっていた。素直なところに万里子あたりは好感を持ったらしい。健二の両親との縁が薄い発言と、健二が成し得たこと。それらも相まって、陣内は健二を受け入れた。
夏希は、彼に頼み事を受け入れてもらっただけではなく、夏を通して今までとは違う感情を抱く。
なんと名付けていいかわからない、感情だ。
夏の輝く太陽と突き抜ける青空、それと人の居ない静寂さを混ぜた気持ちは恋というよりは包み込むような愛に似ている。
眩しいものを眼をすがめてみるような、寂しいというものに手を差し伸べるような。そんな気持ちだ。これをなんというのか、夏希は知らない。

青い空。白い雲。くっきりとした影。眩しいくらいの太陽。
それでも不快に感じないのはこの屋敷が夏に適した造りをしているからだ。
昔の建物は夏に優しい。冬はあり得ないほどの空間には、なるが。

「佳主馬は本当に、健二くんのこと」
「なに?」
「…追いかけているのねぇ」
好きなのね、と言おうとしてやめた。好きという優しい言で表すことができる視線ではないように思えたからだ。
(そんなわけ、ないのに)
「そうかな?」
「ええ、今もまた見ていたんじゃないの?」
縁側の柱にもたれ、庭に背を向け佳主馬はわいわいとにぎやかしい家族の輪から少し離れてそちらを見ている。
夏希はその横に座り、佳主馬を見る。少年特有の体つきで、もう少しすれば青年へとかわっていくのだろう。子どもだと言うと厭がるだろうから言わないけれど、会うたびに成長に驚かされる。
「どうだろう」
居間では、侘助を中心にそれぞれが携帯を持ち出していた。連絡をとることすら不可能だった相手との繋がりを強化している。
茶化され、囃したてられ、居心地が悪そうではあるがそれでも侘助は二度と勝手には出ていかない。もしくは帰ってくる、必ず。
そう思えば夏希の気持ちは落ち着く。侘助が家族として受け入れられたのだと。子ども心に自分が慕ったのは、ぬぐいきれない侘助の寂しさを感じ取りそこに惹かれていたのかもしれない、と今なら思う。なにせ結婚というものは分かりやすい家族の増やし方で、自分が侘助のそれになることができれば、そんな見当はずれの疎外感を感じる必要はなくなる。子どもだからこそうまく言葉にすることができず、だからこそ本能の部分でそう感じ取っていた。
いつかいなくなってしまうひと。
「夏希姉は行かないの?」
佳主馬がいくぶんかいぶかしげに問う。夏希が侘助のことを慕っていることを知っているからだろう。
「もう知っているからいいの」
「ふぅん」
健二はその輪から少し離れて、けれど笑っている。本人も言っていたが、随分とこの屋敷に慣れたらしい。
たまに見せるどこか一線を引いた表情など、今は奇麗に隠して楽しそうに声をだして笑っている。
ああ、健二は似ている。どうしようもなく似ている。気づいてしまった。自分が気になる人というのはみんなそうなのか。
横に座っていた佳主馬が立ち上がる。見上げた。太陽が眼に入り眩しい。
「でも、確かにそうかも」
「え?」
「さっきの答え。なんか見てなきゃ気持ち悪い」

それ、は。弟が兄を慕うような感情だろうか。それもなにか、違う気がする。
もとより年以上の経験を積み、社会を同年代の子供よりも早くに見ている相手だ。
だからきっと考えもしないようなことを思っているのかもしれない。
その眼に込められている想いなど、夏希は気づこうとも思わない。そのままでいいのだ。

静かに畳を歩き、佳主馬は自然に健二の横に座った。
夏希が見ていることなど気にもせずポケットからそっと携帯を取り出して健二に見せる。
なにか遠慮でもしているかのようにわたわたと首と手を横に振って、佳主馬に何かを言われて小さくなった。
あの反応をされると線をひかれているような気持ちになるのだと、いつか言わねばなるまい。健二にされて嫌なことならば、言い出したりしないのだから。
健二も携帯を取り出し、お互いに付き合わせた。赤外線で通信でもしているのだろう。
声までは聞こえない。彼らが小さな声で話しているのと、侘助のまわりがうるさいせいだ。

夏希の視線の先で二人が笑う。
風が吹いてひらりとスカートの裾がゆれる。

(そんな顔をして、笑うような子どもだった?)